開国の父 老中・松平忠固
開国の父 老中・松平忠固

お知らせ

忠固の次男・忠厚

松平忠固の次男・忠厚も波瀾万丈の人生を送った偉人です。

明治五年、21歳で米国に留学したまま米国に残り、米国人女性と結婚した初の日本人となります。

そして、あのニューヨークのブルックリン橋の設計に携わり、ペンシルバニア州の公式エンジニアとして日本人初の公職者となります。

 

 

御子孫からのメッセージ

右に座っているのが忠厚、左が当主の忠礼。

本当に素晴らしいことに、このサイトを見て、米国に住む忠厚の御子孫様からメッセージを頂きました。

一緒にご協力させて頂きながら、忠固や忠厚、そして忠厚の息子は日系人初の市長(メリーランド州エドモンストン)になる訳ですが、彼らの業績を偲びながら日本とアメリカの親睦がより深まれば、こんなに嬉しいことはありません。

 

 

 

“【008】御子孫からのメッセージ” への2件のフィードバック

  1. 岡田渉 より:

    忠厚は長野市の旧塩崎村を所領としており、忠厚には日本に妻がおり、忠厚の位牌は塩崎村の天用寺にもあるそうです。数年前、アメリカから忠厚のお孫さんが訪ねてこられたと住職が語っていました。その後上田も訪ねているようです。なお、近くの稲荷山には上田藩のお家騒動松木屋事件の
    本陣松木屋がありました。

  2. 本野 敦彦 より:

    岡田さん、投稿ありがとうございます。
    貴重な情報、重ねて御礼申し上げます。
    天用寺、上田駅と長野駅の中間位でしょうか。
    信濃地方はほんとうに広いですね。

    1992年に忠厚の曾孫のベティさんが来日したそうですが、その時のことでしょうか。
    天用寺を訪ねられた話は初めて伺いました。
    1988年の新聞記事によると、デンバーの忠厚の墓地には墓石がなく、墓石を立てる計画が進められている、とのことでした。

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