開国の父 老中・松平忠固
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記 事

【119】時の政権は海外情報を熟知していた≫

風説書とは

アヘン戦争勃発からわずか4日後なんですね、別段風説書が提供開始されたのは。

風説書とは、当時交易していた唯一の西洋国であるオランダが提供したレポートです。

その歴史は古く、早くも江戸幕府成立から間もない1641年には作成されていました。

そして、アヘン戦争勃発とともに作成され始めたのが別段風説書です。

 

 

イギリスの情報=世界の情報

普通のオランダ風説書が出島のカピタン(オランダ商館長)によって作られるのに対して、別段風説書は当時のオランダ植民地パタヴィア(今のインドネシア)で作成された物です。

主に中国の英国植民地で発行される英字新聞が情報源となっていたので、英国の情報、つまり唯一の超大国であるイギリスの動きを反映した正確かつ最新の情報と言えるでしょう。

 

 

アヘン戦争も早くから詳しく知っていた

モリソン号事件【117】でも書いた通り、既に西洋船の来航は頻発していたので西洋の脅威は自覚していた上に、アヘン戦争勃発わずか4日後からイギリスの英字新聞の情報を得ていたわけですから、時の政権は日本の置かれている状況をかなり把握していたと思われます。

すなわち、無能で頑なな幕府にいきなりペリーがやってきて砲艦威嚇によって開国させられた、というイメージとはだいぶ違います。

ペリーが来日することは1年前から知っていたように、既にアヘン戦争の頃から正確に世界情勢を把握し、対策を検討していたのが時の政権だったのです。

 

 

 

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