開国の父 老中・松平忠固
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記 事

【130】恐るべき佐久間象山の『海防八策』≫

佐久間象山が海防八策を上書

高島秋帆が捕縛され、西洋否定派が支配的になる中、容認派の老中・真田幸貫の家臣で洋学研究を指示した佐久間象山が意見書を提出します。

それが下記の『海防八策』です。

アヘン戦争の最中、ペリー来航11年前のことでした。

1 全国海岸の要所に砲台を築き、大砲を据え置く
2 オランダ貿易で使う銅をセーブして、西洋式大砲を数千門造る
3 西洋式の大船を製造する。江戸を廻る商船を難破されないようにする
4 海運に関して人選をしっかりし、異国人と通商はもちろん、全てにおいて不正を厳しく取り締まる
5 西洋式を倣い、艦船を製造し、操縦法を習わせる
6 津々浦々まで学校を整備して、教育を盛んにする
7 賞と罰を明らかにして、日本人の団結を図る
8 優秀な者を推挙する法を興す

 

 

あまりに革新的すぎる提言

今の時代からすれば、上記提案は当たり前に思うかもしれません。

しかし、その当時はまだ大砲も大船も建造禁止(つまり違法)であるのはおろか、そもそも日本の国自体がまだ一つの中央集権国家でもないのです。

全国に統一的な学校を整備するなど夢物語だし、そして最も根本的には、身分や家格が基盤の社会体制なのです。

そこに現代でさえ抵抗される能力主義導入を唱える訳ですから、規格外にぶっ飛んだ内容と言えましょう。

あまりの異次元さに、忠固ら容認派の援護どころか、むしろ攻撃の材料にさえなってしまったのではないか、と心配してしまいます。

ただしかし、ペリー来航から日米条約締結、維新に向かって行くなかで、この考え方は忠固や阿部、弟子の勝海舟や龍馬、勝を通じて西郷隆盛らの考え方の基本となっていくのはご存知の通りです。

 

 

 

大天才

儒学者だった象山が幸貫から洋学研究を指示され、わずか2年でオランダ語を習得してしまったその天才的な能力。

そして知的IQだけでなくそれ以上に、その情報の核を理解し、対応を最適に判断し、さらに発案まで行う行動力、そこに至らせる精神・勇気。

象山が稀代の大天才だったのは、この『海防八策』だけでも感じられます。

 

 

 

 

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