開国の父 老中・松平忠固

【802】第1話 A2 『高島平』≫

○徳丸が原
広い野原に大砲が並んでいる。
周囲には、隊列を組んでいる西洋風な軽装をした兵士たち。
T『天保12年(西暦1841年)5月9日』
丘の上にはお歴々が陣取っている。
T『徳丸が原』
N「天保12年(西暦1841年)5月9日、幕府は江戸西郊の徳丸が原で西洋式軍備の実演演習を行った。これは、アヘン戦争によって清国が大敗を喫したとの情報が入ってくる中で危機感を感じた幕府が、長崎町奉行高島秋帆の西洋軍備についての意見上書を取り入れたことによるものである。ちなみに、この徳丸が原は現在でいうと東京都練馬区の高島平であり、その地名はこの地で実演を行った高島秋帆の名を由来としている」
指揮を執る高島秋帆(43)。

T『高島秋帆』
炸裂する西洋式大砲。
それに伴い突進している西洋風兵士達。

 

○丘の上
高台に陣幕。
陣幕の外でその様子を伺っている阿部正弘(22)。
時折、手元の書類に目を落としている。
背後より声。
声「その風説書、どう思われるかな、阿部殿」
振り向くと老中・真田幸貫(50)が立っていた。
T『老中・真田幸貫』
阿部「これは御老中」
幸貫「どう判断なさるかな?」
阿部「あの大国清国がここまで圧倒的な軍事力差で破れるとはにわかには信じがたいことですが」
うなずく幸貫。
阿部「それに、この蒸気船なるもの。もうもうと黒煙を吐きながら、風に逆らって自由に動き回るとか。にわかに信じることができませぬ」
幸貫「ふむ。では阿部殿は、この風説書は信用ならぬと」
阿部「そうは申しませんが、近年我が国にも異国船が頻繁に現れておりますが、みな帆船であります。そのような船は見たことがござらぬゆえ実感に乏しくございます」
手元の書類。
幸貫が阿部から受け取る。
N「この書類はオランダ風説書と言い、17世紀以来オランダ商館長(カピタン)が造り、それを通詞が日本語に直したもので、鎖国中の幕府にとって海外事情を知るうえで非常に重要な役割を果たしていた。特に1840年のアヘン戦争の状況は特別にオランダ・パタヴィア(現ジャカルタ)の植民地庁によって作成されたもので、別段風説書と呼ばれている。風説書と言っても噂の類といったものでなく、非常に正確といってよい情報であった」
ペラペラめくりながら風説書を阿部に返す幸貫。
幸貫「わしも初めは信じられなかったがな。我が松代真田家中の者に西洋の研究をさせてみたら、驚くべきことが分かってきよった。佐久間象山と言ってな、元は儒学が専門じゃが面白い男ぞ。今日こちらにも来ておるので、阿部殿にもご紹介したいと思う」
阿部「それはぜひ」
ドーンと火を噴く大砲。
煙の向こうに陣幕が見える。

 

○奥の陣幕・外
声「なんですと。わざと失敗せよとおおせか」

 

○陣幕内
最上座中央に座る鳥居耀蔵(45)。
上座左に役人A、右に役人B。
下座には高島秋帆。
役人A「言葉には気を付けられよ、高島殿。それではこちらから強制しているようではないか。自らの意思を以て自主的に控えよ、と申して居る」
役人B「人から言われる前に自分からすすんで遠慮する、それが人のたしなみというものであろう」
役人A「高島殿、そなたの言い分を取り入れ、ここまで演習を許可してやったのは我らぞ。これを実施できただけでも特別なことだという認識が足りないのではあるまいか」
役人B「その通り。本日は老中首座である水越候もいらしておる。その御前で南蛮夷荻の兵法を披露すること自体おぞましいかぎり。多くの者の反対を押し切って実施させてやったのじゃ。自ら大砲の照準なりを配慮するのは当然であろう」
平伏している高島。
高島「ですが、実際の西洋のあらゆる技術はこんなものではなく・・・」
役人A「では、高島殿は南蛮は我が国より優れているとでもおっしゃるか」
顔色が変わる高島、苦しげに
高島「・・・。恐れながら」
役人A「だまらっしゃい」
役人B「控えおろう、高島殿。問題発言ですぞ、仮にもご公儀にあずかる者が南蛮より我らの方が劣っていると申すか」
高島をにらみつける鳥居。
鳥居「高島殿」
高島「ははー」
『鳥居耀蔵』
平伏する高島。
しばらくの間。
脂汗を流す高島。
高島、後ろより風呂敷を出す。
高島「これは失礼をいたしました。鳥居様に謁見と聞き緊張のあまり失念しておりました。どうぞお納め下さい」
役人Aに風呂敷包みをあけ木箱を差し出す高島。
鳥居「・・・」
無表情の鳥居。
鳥居「今の発言は聞かなかったことにしよう。では高島殿、先の件はよろしく頼むぞ」
高島「し、しかし」
鳥居「下がってよい」
高島「・・・」
平伏し下がる高島。
隣の役人に耳打ちをする鳥居。
それを聞き出ていく役人A・B。
不敵な笑みを浮かべる鳥居。

 

 

 

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