開国の父 老中・松平忠固

【808】第1話 B4 『忠優、寺社奉行更迭』≫

○江戸城・外観

 

○同・評定の間
老中3名が最上座に並んで座している。
中央に座る老中首座・水野忠邦。
『老中首座・水野越前守忠邦』
右に真田幸貫。
そこから横向きに並ぶ若年寄陣、そして三奉行陣、目付陣ら。
阿部、鳥居も同席している。
阿部「いったい高島殿は何の罪を犯したというのです?」
目付「謀反の罪です」
阿部「謀反!?」

目付「作用。大砲を多数鋳造し、政府転覆を企てたかどにござる。」
奉行A「謀反とは恐れ入りましたな」
奉行B「まったくとんでもないことじゃ。もし大塩平八郎の乱にあやつの大砲が使われたらと思うと背筋が凍りますな」
阿部「ばかな。高島殿がそのようなことをするはずが」
目付「証拠が挙がっておりまする。証言も多数。言い逃れはできませぬ」
阿部「しかし、その証拠もよく吟味して・・・」
目付「さらに何やら異国人と謀議を図っておりました。背後には異国の謀略も見え隠れしております。しかもきゃつは密貿易にも手を染めており・・・」
奉行A「だから、わしはあれほど異国かぶれの者などの話を聞くべきではないと申し上げたのだ」
奉行B「拙者は徳丸が原には行っておりませんが、行かずに正解でした」
奉行C「私もあれには最初から反対でしてな」
奉行D「某など反対どころかきゃつが自爆して損害が出ましたゆえ、賠償賠償を請求しているところでござる」
阿部「・・・」
幸貫「・・・」
上座の幸貫も苦々しい顔。
目付「であるからして当然死罪が相当、本来なら斬首であるべきところ、武士の温情を以て切腹と・・・」
阿部がなにかを話そうとした刹那、
声「愚劣!」
大きな一声に遮られ目付の口上が止まる。
バッと声の方を向く一同。
声の主は、忠優。
忠優「そう、愚劣極まりない」
しんとなる場。
忠優「確かに、まったく許しがたい謀略ですな、どこかの町奉行の」
え?となる一同。
目付「え?、今なんとおっしゃりましたかな、寺社奉行・松平伊賀守忠優殿」
忠優「無実の者を謀略によって罪に陥れるなどたしかに許しがたいことだと申しておる」
一同「・・・」
ギロっと忠優をにらむ鳥居。
目付「何を言っておられる、伊賀殿。謀略を企てておるは高島。証拠はこれに」
書類をバンバン叩く目付。
それに対し、忠優もバサっと書類を放る。
忠優「証拠などいかようでもでっち上げられる。謀反?政府の転覆?ばかばかしい。あの男はそのようなことをする男ではありません」
老中の方に向き直す忠優。
忠優「高島が異国の大砲を研究しているのはこの国の為、異国からこの国を守るために他ならない。あれは心底国を憂い、微力ながらも何とかしようと行動している忠義の者でござる」
忠優の断固とした態度。
その雰囲気に圧倒される場。
一同「・・・」
阿部、はっとした表情になり忠優を見る。
下座でやはり驚き目を輝かせる男がいる。
井上清直(33)である。
井上「・・・」
忠優「その忠義の者を罪に落とそうとする者がいる。退治せねばならぬのはその者達の方であろう。幕府における獅子身中の虫。謀略をめぐらせているのは蘭学者ではなく、この場にいる町奉行の方ではないか」
過激な発言にざわつく場。
雰囲気が一気に緊張を帯びてくる。
鳥居「聞き捨てなりませんな、伊賀殿」
鳥居の方を見る忠優。
鳥居「この場にいる町奉行とは誰のことか」
忠優「本人が一番分かっているのではあるまいか」
鳥居「無礼者、この席には老中首座である水越候も同席していらっしゃるのじゃぞ。不届きな発言は控えなされよ」
水越に平伏する忠優。
平伏する忠優を見て、安心した表情を浮かべる鳥居。
鳥居「伊賀殿、そういえば、貴殿はやけに蛮学者の肩を持つな。以前も確か蛮社の渡辺崋山に対して減刑の嘆願をしましたな」
崋山の名が出てぴくっとなる忠優。
鳥居「渡辺崋山然り、高島秋帆然り。貴殿こそ、何かやましいことがあったりするのでないか」
忠優「・・・」
鳥居「崋山や高島と繋がりがあったら、当然連座の対象。いくら譜代筆頭家の出とはいえ、罪は免れませぬな。ふふふ」
表情を変えない忠優。
ざわつく周囲。
口答えしない忠優に対し、周囲の鳥居派の人間たちに得意げになって話す鳥居。
鳥居「蛮学など我が国を悪習に導く元凶にすぎぬ。物の考えも性格も歪になるのでしょう。崋山など罪を免れようと嘘ばかり吐きよって。わしが死罪から軽くしてやったのにわざわざ自分で死によった。蛮学などやるから頭がおかしくなったのじゃ。まぁ死んだ方が世の為、死んで幸いの畜生じゃ」
表情が変わる忠優。
がばっと立ち上がり
忠優「貴様・・・」
鳥居の元に向かっていき、目の前に立つ。
忠優「もういっぺん申してみよ・・・」
鳥居も立ち上がり
鳥居「なんだ、暴力をふるうか。面白い。この評所の場で、水越候もおられるこの場でやれるものならやってみよ、青二才」
唾を吹きかける鳥居。
カッと見開かれる忠優の目。
伸びる忠優の腕。
鳥居の顔面に当たる刹那、その襟を掴む。
ばっと沈む忠優の身体。
絡む忠優と鳥居の足。
その足が宙に舞う。
がばーっと宙に舞う鳥居の身体。
忠優が背負い投げを放ったのだ。
バターンと畳に打ち付けられる鳥居。
大の字に裏返しになる鳥居の身体。
一同「・・・」
静まり返る場。
あまりに綺麗に投げられあっけにとられる鳥居、しかしすぐに我に返り
鳥居「いたたたたー、暴力だ、暴力をふるいおった。この評定の場で、水越候の前で暴力をふるいおった。いたーー」
大げさに騒ぐ鳥居。
目付ら「だ、大丈夫ですか、鳥居殿」
周りの人間がばっと集まって来て騒ぎ、大混乱となる。
幸貫「ええい、静まれ静まれ」
上座の幸貫が場を鎮めようとする。
様子を見ていた上座の水越。
水越「ぶ、無様だぞ、伊賀」
忠優「水越候!」
いきなり名指しされ焦る水越。
水越「な、なんだ」
忠優「水越候はどちらをお取りになりますか。広く国全体を考え微力なりとも国の為に行動する者か、かたや自分の身を守ることしか考えず、いや考えられず、力のある者や志のある者を自分の地位を脅かす者として虐げる者か」
水越「・・・」
答えられない水越。
水越「へ、屁理屈を申すな。鳥居に対する暴力、評定を混乱させたこと、評定の場で暴れるなどその方には寺社奉行たる資格はないわ。その方に対する沙汰は後できっとされるであろう。それまで謹慎しておれ」
忠優「・・・」
じっと水越の顔を見つめる忠優。
水越「・・・」
その視線に耐えられず目をそらす水越。
水越「ええい、さがれ、さがりおろう」
水越に対し失望した表情を表す忠優。
さっと立ち上がり、退室する。
しかし退室する姿は自分は間違っていないと堂々としている。
ざまあみろの顔の鳥居。
幸貫「・・・」
心配そうに眼で見送る幸貫。
阿部「・・・」
忠優を目でじっと追っている阿部。
N「松平忠優は、天保14年(西暦1843年)12月22日、寺社奉行更迭を言い渡された。何事も祖法遵守で問題は先送りされ、やることと言えば出世のために上に取り入ること、そして出世するには賄賂と裏で相手を貶めるという風潮の現在の城内で、彼のとった行動はとても新鮮だった。正弘はこの時思った。ここまで自分を貫けるこの男は一体どういう人間なのだろう。松平忠優を強烈に意識した瞬間だった。そしてこうも思ったのだ。この男とだったら、きっと幕政を変えられると!」

 

 

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

開国の父 老中・松平忠固

PAGE TOP

© 開国の父 老中・松平忠固史 2024 All Rights Reserved.