開国の父 老中・松平忠固

【811】第1話 C3 『意気投合』≫

○江戸城・謁見の間
将軍から老中就任の辞令を受けている阿部。
N「天保14年(西暦1843年)閏9月11日。阿部正弘は25歳の若さで老中に就任した。その2日後には天保の改革失敗により老中首座水野忠邦が罷免された」

 

○沿岸
港に来航する軍艦。
N「阿部が老中に就任するや続発していた難題がさらに降りかかる。天保14年10月10日イギリス軍艦サマランが八重山で測量を強行、天保15年3月11日フランス軍艦アルクメーヌが那覇に入港・通商を要求、同年7月2日オランダ軍艦バレンバン長崎入港・通商要求と異国船の襲来が頻発し、国内では江戸城が炎上するなど混乱を極めていたのだ」

 

○参道
静けさに包まれた参道。
8月の強い日差し。
蝉がものすごい勢いで鳴いている。
その中を3人の男が上っていく。

 

○門前
寺の住職にあいさつし、一人が中に入っていき、伴の二人は残る。

 

○寺
見事な庭園を見ながら案内されている男、阿部である。

 

○御堂
薄暗く広い板張りの部屋。
東寺の立体曼荼羅のような仏像群。
菩薩の穏やかな顔。
曼荼羅絵図。
その前で座禅を組んでいる男。
入り口近くに座り男の邪魔にならないように座る阿部。
男は座禅を終えると、後ろの阿部に気付く。
振り向いたその男は松平忠優だった。
忠優「貴兄は・・・・」
阿部「阿部伊勢守正弘にござる」
忠優「・・・」

 

○縁側
庭を見ながら、茶を飲んでいる。
忠優「阿部殿は座禅はなさるのか」
阿部「なかなか時間がござらぬが、常に座禅はしたいと思っています。心が静かになり自分を取り戻せる気がします。もしあわよくば・・・」
阿部の顔を見る忠優。
阿部「そこにある曼荼羅の不思議を研究したいものです」
目を輝かせる忠優。
忠優「不思議。そうか、そうじゃの。我は曼荼羅とは天の天体ではないかと最近思っておっての」
阿部「天の天体・・・」
忠優「ある者は、我らのいる地球は太陽を中心に6個の惑星が周回しているというのだ。球・円・回転・螺旋・・・、まさに曼荼羅だとは思わんか、阿部殿」
阿部「・・・、不思議ですな。面白い。面白いことをお考えなのですな、忠優殿は」
微笑む忠優。
阿部、微笑しながら
阿部「忠優殿、その天体を説いているのは西洋の学者ですかな」
ピクリと笑みが消える忠優。
鋭い表情でキッと阿部を睨む。
阿部「忠優殿はなぜそこまで西洋にお詳しいのです?どこからそのような情報を得ているのです?」
微笑していた阿部、忠優が警戒しているのを察すると、脇に置いてある刀を取り、自分の前に無言で置く。
刀を前に真剣な顔で忠優を見つめる阿部。
忠優「・・・」
忠優、にこりとして
忠優「崋山です」
阿部「崋山・・・、渡辺崋山!」
忠優「三河田原藩主、三宅康直は私の実の弟でしてな」
阿部「あっ」
忠優「そう。崋山は田原藩家老。弟は年少で田原藩に行きましたからな。崋山には蘭学の面白い話をたくさん聞かされました。先の話はケプラーという者が唱えているらしい。西洋の学問は恐ろしいまでに進んでおる」
阿部「なるほど、だから蛮社の獄の減刑の嘆願を・・・。崋山には私も一度会ってみたかったですな」
だがうかない顔の忠優。
忠優「崋山が死んだのには我も責任を感じている。弟に我のように奏者番になれとけしかけたのは他ならない我だ。その弟康直が崋山の事件をきっかけに決定していた奏者番の内定を取り消されたのだ」
阿部「・・・」
忠優「崋山は自分のせいで主君の出世を台無しにしたと思い詰めてしまって・・・」
阿部「そうだったのですか・・・」
忠優「・・・」
さびしそうな忠優の表情。
阿部、座りなおして
阿部「忠優殿、私に力を貸して下さらんか」
阿部の顔を見る忠優。
阿部「現在、エゲレス、フランス、メリケンの軍艦が次々と襲来しております。その対応をできる者が幕閣にはおりません。忠優殿ならやれます。きっとやれます」
忠優を見る阿部。
阿部「必ずやれると、貴方もわかっているはず・・・」
忠優「・・・」
忠優、視線をそらし庭を見ながら
忠優「私は寺社奉行を罷免され来月帰藩する予定でござる。それに、たとえその山を登ろうにも、その前にいくつもの山が控えておろう。崋山を断罪した鳥居らの一派がいる限り、いや、そもそも一度退任した水越候が老中首座に復帰されるような現状では、言うならば浴衣姿で富士の山に上るようなものでありましょうな」
阿部「それは安心して下さい。鳥居は来月町奉行を罷免します。鳥居を罷免させる為に水越候には復帰してもらいましたが、すぐに辞任し、私が老中首座になることになっています」
忠優「まさか・・・」
阿部を見る忠優、まだ阿部の前に置かれている刀を見る。
忠優の真剣なまなざし。
阿部「忠優殿は寺社奉行を再任され、すぐに大阪城代に任じられるでしょう。そして1期3年で老中兼海防掛になって頂きたいのです」
忠優「・・・」
あっけにとられた忠優。
忠優「はっはっは」
笑い出す忠優。
忠優「噂には聞いていたが、これほどまでとは・・・。自分以外の男を恐ろしいと思ったのはこれが初めてじゃ、阿部殿」
阿部を見る忠優、にやりと笑う。
微笑み返す阿部。
夏の強い日差しに照らされる庭園。
N「天保15年(西暦1844年)9月6日、鳥居耀蔵が南町奉行を罷免。3か月後、元号変わりした同年弘化元年12月28日、松平忠優、寺社奉行再任。2か月後の弘化2年2月22日、阿部正弘、26歳で老中首座に。同年3月18日、松平忠優、大阪城代となる。阿部正弘と松平忠優の挑戦は、今まさに始まろうとしていた」

 

 

 

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