開国の父 老中・松平忠固

【827】第2話 C3 『決断』≫

○浦賀湾
測量をしているペリー艦隊の測量船。
その測量船に従って遠巻きに様子を伺っている和船群。
蒸気船が現れて遠ざかったりしている。

 

○忠優邸の庭(夜)
三日月。
弱々しく輝いている。
庭園が月の光に照らされている。
庭の池には映る三日月が消え入りそうにゆらゆらと動いている。

 

○同・応接室
読書をしている忠優。
表紙には『外国事情書』と書いてある。
忠優の周りには本が散乱している。
散乱している本には『坤輿図識』一~五巻の他、新鐫総界全図や新訂万国全図などの世界地図も見える。
入ってくる阿部。
忠優「散乱して御免こうむる」
阿部、散乱する本を見てニヤリとする。

本を手に取り、
阿部「坤輿図識ですな。第一巻の亜細亜、二巻・欧羅巴、三巻・亜弗利加、四巻上・南亜墨利加、四巻下・北亜墨利加、五巻・豪斯多辣利(アウスタラリ)、全巻ありますな。こちらには天文方高橋景保作成の世界地図、新鐫総界全図や新訂万国全図。ふふ、間宮海峡もちゃんと書かれておる。むう、ここは世界の宝物殿ですな」
忠優「さすが阿部殿、この崋山の外国事情書はお読みになられましたかな」
呼んでいる本を畳み、阿部に見せる。
阿部「もちろんでござる。外国事情書はただの地理書とは異なる。海防を意図して書かれていますな。非常に参考になる貴重な資料でござる」
微笑む忠優。
忠優「ではこれは?」
後ろから書物を出す忠優。
表紙に『ネーデルランセマガセイン』『プリンセン』『ゼオガラヒー』なども文字。
阿部「これは、蘭学者どもがよく口にしているゼオガラヒーやプリンセンというやつですな。ネーデルランセマガセイン?、オランダの雑誌?こんなものまでお持ちとは」
忠優「崋山の遺物です。これらは皆に読ませたい。いずれ上田にて広く読ませるつもりです」
微笑む阿部。
立ち上がり縁側で月を見る忠優。
忠優「・・・」
阿部「・・・」
輝く月。
阿部「明日がいよいよ回答期限の3日目」
月を見ている忠優。
阿部「忠優殿はまだ意見が変わらぬか。こちらから仕掛けるべきだと」
忠優「・・・」
阿部「私はどこか腑に落ちません。忠優殿が何を考えておるのか。御老公と同じ交戦論だとは到底思えない。何を考えておいでか」
忠優「・・・」
おもむろに庭に出る忠優。
忠優「むろん御老公と同じではない。それどころか正反対であろう」
阿部「・・・」
忠優「我らが政権を発足させた時に立ち戻ってもらいたい。ご政道を立て直す、そして飢饉に負けないご政道にする。その為にそれぞれの右腕である石河政平と松平近直の両勘定奉行に財政再建を進めさせている」
頷く阿部。
忠優「そして飢饉に左右されないようにする為に必要とすること・・・」
視線を阿部に移す忠優。
真剣なまなざしの阿部。
忠優「それは交易。交易こそ飢饉の影響を最小限に食い止める手であると」
阿部「まさか・・・」
忠優「そう、私はこの機会にメリケン国と交易できないかと、いや向こうから求めてきているのだ、交易の絶好の機会だと考えている」
阿部「・・・」
さすがの阿部もあまりに突拍子もない考えに驚きの表情を隠せない。
三日月が雲に隠れる。
月明かりがなくなり、暗くなる場。
阿部「分かり申した。忠優殿の考えはよく分かり申した。だが」
ごろごろと雷が鳴りだす。
阿部「交易したいのに攻撃を加える、とは全く誰もが理解することはできまい。当然メリケンの人間はさらに理解できぬに相違ない」
忠優「・・・」
稲光が走り、雨が降り出す。
阿部「きゃつらから攻撃してくるならともかく、自重している以上やはりこちらから仕掛けるのは大義名分が立たぬ。今回はただ国書を受け取る。その先のことはそれから考えればよろしいのではないか。今すぐに答えを出せとまではきゃつらも言わないであろうし・・・」
忠優「・・・」
雨にうたれたままになっている忠優。
天を仰ぎ、そして阿部の方に向き直る。
阿部を凝視し、大きくうなずく。
頷き返す阿部。

 

 

 

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