【877】第5話 D1 『慰留』≫
○将軍謁見の間
上段の間に将軍家定が座している。
下段には、徳川斉昭をはじめとする御三家・御三卿、松平慶永らの御家門、溜間をはじめとする譜代大名、外様大名が列座している。
『嘉永7年(西暦1854年)4月10日』
下段の最前列に、阿部以下老中6人が平伏している。
阿部「此度のメリケン国との和親条約締結に際し、ご公儀を混乱させ、公方様に置かれましては過分なご心配をおかけしましたこと伏してお詫び申し上げます。その責任を取り、私、福山藩主阿部伊勢守正弘は、その責任を取り老中の職を辞したく、お願い奉りまする」
斉昭「なっ」
初耳なので驚く斉昭。
慶永や斉彬らも驚く。
直弼「・・・」
ニヤリと微笑む直弼。
牧野「長岡藩主牧野玄蕃頭忠雅も一蓮托生。伊勢守殿と共に責任を取り、老中の職を辞したく、お願い奉ります」
平伏する阿部と牧野。
隣で座っている忠優。
忠優「・・・」
静まり返る場。
皆が阿部の方を見ている。
そして、伏見がちに視線を家定の方へ向ける。
ひょうひょうとした表情の家定。
家定「老中を止めるというか、伊勢」
阿部「はい」
家定「それは困る」
家定の方に顔を上げる阿部。
家定「メリケン国の特使はまた来年にも押し寄せるというではないか。そちが今いなくなって誰が対応できるというのか」
阿部「・・・」
家定「それに今朝になって、禁裏が火事で焼けている、との報告も入っておる。今やめるなどそれこそが無責任というものじゃ」
阿部「・・・」
家定「辞職は許さぬ。引き続き余を支え、公儀を取り仕切るように」
混乱顔の斉昭。
喜ぶ慶永や斉彬。
『そんなばかな』と驚きの直弼。
後ろの頼寧に『どうなっておるのだ』とどつく。
頼寧、焦って、別の者に詰問する。
ふーっと大きく息をつく忠優、阿部を見つめる。
阿部、しばらく家定を見つめ、目にうっすら涙を浮かべ、深々と平伏する。
阿部「ははー。もったいなきお言葉。この伊勢、身命をかけましてこの難局に臨む所存でございます」
家定「ん。それでよい。牧野、おぬしも引き続き阿部を補佐してやってくれ」
牧野「ははー、恐れ入り奉ります」
平伏する牧野。
一同「・・・」
不満そうな顔の斉昭。
満足げな慶永。
悔しげな直弼。
一見いい加減のように振る舞っている家定を敬意の目で見つめる忠優。
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