【885】第6話 B1 『北町奉行所』≫
○北町奉行所・門
北町奉行所の看板。
○同・御白洲
松陰が板間で審議を受けている。
審議をしているのは北町奉行の井戸。
井戸「吉田寅次郎、おまえが三月二十七日に密航を図ったことはおよそ分かった。だが、一点だけ分からぬことがある。それはおまえの師・佐久間象山のことだ。此度の密航計画については、象山は関知しない、と言っているが」
松陰「はい。象山先生は一切関係がありません」
井戸、ため息をつき、
井戸「おまえはそう言うが、象山の方は横浜の屯所で会ったことを白状しているぞ。隠しだては無益だ。これまでの陳述でおまえは何一つ隠し事をしていない。国のために死を決して事を行ったことは明明白白である。象山のことについてのみ事実をあいまいにごまかすのは、さぞかしその師恩を思っての苦心であろう。お前が覚悟を決めて事をなしたこと、師のみがそうした覚悟のないことがあろうか。おまえが師のことを思って隠し立てをしても、象山の方では隠し立てをしていないではないか。私はいま将軍の命によって事を正しく処理しようとしているから無駄な苦心をするな」
考え込んでいる松陰。
松陰「先生と会ったかと言われれば、確かに横浜でお会いしました。しかし、下田の決行については何ら関与しておりません。『投夷書』を見てもらいましたが、あくまで私が書いたもので先生が指示したものではありません。御奉行は先生が私に策を授けたように疑っておられる。私たち二人がしたことは師が考えたことなのであろうと。しかし、それは罪なき師を強いて罪に落とす行為であります」
松陰を見つめる井戸。
井戸「あくまで象山は関係ない、と申すのだな」
松陰「何度でも申し上げます。私たちは自らの意志で、自らの信念に従って事を為したのです。それは決して、人の指示を受けてしたものではありません!自らの意思なくして、その大事は大事足り得ますでしょうか」
井戸「・・・」
松陰の言葉に清々しいものを感じる井戸。
○同・御白洲(別の日)
庭に咲いている梅。
井戸が審議している。
板間には象山。
象山「昨年のペリー来航に始まる出来事はまさに史上未曾有の大変で、我が国は非常の政治を行うべきである。我が国はいまだ海外に士を遣わす命令を出すに至っていないが、もし今海外に出て行って異国の事情を探り調査してくる人物が出てくれば、当然のことながら、その国禁を侵す罪を許して国家の用に用いるべきだと考えまする」
井戸「(バカー)」
思わず表情に出るも、気を取り直し、
井戸「貴殿の考えは分かった。だが海外に出ずることは国禁である。いずれそうなるとしても、今はまだ国禁だ。それを守らずして政が行えるか」
象山「それは平常の時のこと、今は非常の時、そんなことは言っておられない時なのは、御奉行、実際ペルリと直接会談したあなたならお分かりだろう」
井戸「・・・」
言葉に詰まる井戸、周りの人間が井戸のことを見る。
井戸「・・・」
象山「私はこの十年、西洋の書籍に目を通しており、その点においては世人の誰にも負けると思ってませんが隔靴掻痒(かっかそうよう)の思い、つまり歯がゆく思っております。ですから、有為の士はどんどん海外に出て行ってもらいたいと思っております」
井戸「バッ、バカも・・・」
中腰に立ち上がり、扇子を膝にぐりぐりをねじりつけてわなわなと震える。
○同・廊下
はぁとため息をつきつつ、廊下を歩いている井戸。
向こうから林大学頭が歩いてくる。
林「メリケンへの密航者の審議ですかな」
井戸「はい」
林「当然、死罪であろうの。そうでなければこれまでとの整合性がとれぬ」
井戸「は、はぁ。し、しかし」
林「自ら南蛮に行こうなどとこれが許されてみよ、南蛮にかぶれ精神を侵され、我が国は滅亡の一途をたどるわ」
井戸「・・・」
林「周囲一同、皆が同意見でござる。養分を食い尽くす脇芽は早く摘むに限る。よく心得なさりませ、対馬守殿」
歩き去る林。
井戸「・・・」
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