【890】第6話 C2 『反抗』≫
○奉行所・御白洲
井戸が審議している。
板間には象山。
井戸「其の方、十年来厚く国家のため外寇を患え、ついにこの度のことに及んだ段、その志は感心なり。さりながら、重き国禁を侵す段は恐れ入るか」
象山、きっぱりと
象山「わたしは国禁は犯していない」
かすかに、あちゃーとなる井戸。
井戸「松陰は認めておるぞ、弟子が認めておるのに、師たる其の方は認めぬのか」
象山「認めません。なぜなら国禁は既に国禁ではないではありませぬか」
井戸「なにぃ」
象山「ジョン万次郎です。あの者は漂流によって国禁を侵したのにもかかわらず、幕府に通辞として召し出され、いわば『官許』となった。ですから私は寅次郎らには、ジョン万次郎に倣って風に任せて漂流したという形を取りなさい、とは言いました」
ピクッとなる井戸。
象山「それは国禁を侵したことにはなりますまい」
井戸、表情が変わる。
井戸「おい、それを言うか、佐久間」
象山「言いますとも。万次郎が官許されたということは、海外に渡航することも探索の人を送ることもいずれ官許になるだろう。だがまだ正式でない以上、万次郎と同じように漂流の形をとる、それは国法に準じたという思いはあっても、背いたつもりは毛頭ありません」
井戸「ばかもん!!」
思わず声が出る井戸。
周囲の者が井戸を見る。
井戸「いずれ外国漂流の者の禁固の法が緩むだと。下の者が上の政治を勝手に推し量るなど不届き千万。非常の時とて法は法じゃ」
興奮する井戸。
佐久間「かかる非常の節にも法は法と仰せらるるは、一も二もなく私は国禁を侵したこと明白です」
平伏する佐久間。
はぁはぁ肩で息する井戸。
○同・別室
象山が一人座って静かにしている。
そこに入って来る忠優。
象山「上田候・・・」
平伏する象山の前に座る忠優。
忠優「御白洲で奉行にかみついたようだな」
象山「本当のことを言ったまでのこと」
忠優「お前の言いたいことは分かる。だが、反省の態度を見せず、それどころかお上を批判するなど、どう見てもお主の罪状が不利になる。それを考えよ」
象山「これは上田候のお言葉とは思えません。自分が正しいと思ったのならそれを貫く、たとえ相手の位や立場が上でも歯に衣着せず己を主張する、それこそ上田候の身上であったのではないですか」
ちょっとうろたえる忠優。
忠優「・・・、それとこれとは・・・」
象山「どう違うのです」
忠優「・・・」
忠優、一息つき、
忠優「我などと違ってお主は替えがきかぬのだ。お主は稀有な存在、この国に必要な人間なのだ。世界を知る数少ない人間を失う訳にはいかぬのだ」
象山「・・・」
象山、まんざらでもない表情。
しかし、増長する。
象山「であれば、罪などない。無罪だとはっきり裁きを下せばよい。ワシのことを考えて下さるなら、下田の江川ではなくワシを登用すればよい」
忠優「江川だと・・・」
表情が一変する忠優。
忠優「貴様・・・、我が何者だと分かった上で言っているのか」
象山「無論。御老中・松平伊賀守忠優様に申し上げております」
忠優「その我に対して、法など無視せよ、公務を幕臣でなく松代藩家臣にさせよ、と申すのだな」
象山「・・・」
しまった、言い過ぎたという表情を見せる象山。
忠優「ようし、分かった」
がばっと席を立つ忠優。
それを言葉なく見送る象山。
象山「・・・」
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