開国の父 老中・松平忠固

【905】第7話 C1 『世論囂々』≫

○江戸城・外観

 

○同・将軍謁見の間
家定が最上座に座り、両側に諸国大名が座る中、真ん中で老中が報告している。
中央に牧野、忠優、乗全、久世、内藤。
阿部はいない。
乗全「以上の通り、7月22日、長崎におきまして海軍伝習所を発足させました。オランダ国より蒸気外輪軍艦を寄贈させ、観光丸と命名し、これを練習船として、速やかに教練を開始する運びにございまする」
家定「そうか。よいことぞ」
老中陣を眺める。
忠優をちらりと見る。
忠優はいつも通りの表情。
家定「・・・」
牧野「これもひとえに前軍政参与水戸斉昭公のご尽力あったならばこそ。一言付け加えさせて頂きまする」
斉昭、フンという表情。
その斉昭の表情を見る家定。
そして、忠優を見る。
家定「・・・」

ちょっと言ってやるかという表情になり
家定「水戸の尽力、あっぱれなり」
斉昭、急に言われてとぎまぎする。
斉昭「え、か、かたじねなく存じます」
家定「お主が参与を辞めたら老中どもが困るだろう。現に阿部が参っているでないか」
斉昭「お言葉ですが、困りなど致しますまい。伊勢殿にしても流行病で登城を控えさせただけ、と聞いておりまする」
老中陣「・・・」
斉昭「じゃが、事と次第では再びお役に就くこと、やぶさかではござりませぬ。その事と次第は老中陣にはよく言ってありますので」
忠優「・・・」
家定、忠優の様子を伺いながら
家定「伊賀」
斉昭「!」
忠優、黙って平伏。
家定「何か言うことはあるか」
忠優、間髪入れず
忠優「ございません」
斉昭、鋭く忠優を睨む。
家定「そうか。ご苦労。阿部には養生するよう伝えよ。帰る」
席を立つ家定。
その場の全員、平伏する。

 

○同・城内
広い城内で仕事をする面々。

 

○同・大広間
老中陣。
対する斉昭、斉彬、慶永ら外様勢。
一同「・・・」
緊迫した空気。
斉彬や慶永もやっと登城した斉昭に気を使い、腫物を触るようにしている。
斉昭「事と次第、決まったか」
老中陣「・・・」
斉昭「軍政参与辞任以来、一切の協力はせぬと申したはずじゃ。こうしてこの場にワシを呼んだということは、三番・四番の辞任が決まった、ということじゃな」
老中陣「・・・」
困り果てた顔の牧野、もう言葉さえ思いつかない。
他の老中も苦渋の顔。
忠優「三番・四番はきっと伊勢殿が更迭致す」
老中陣「!」
斉昭「!」
外様勢「!」
牧野「え、え?」
乗全「な、なにを言って・・・」
混乱する牧野と乗全。
さすがに驚いている斉昭、斉彬ら。
斉昭「なんだと」
忠優「ですから、伊勢殿が三番四番を辞任させる、と申しておる」
一同「・・・」
不気味な静けさ。
忠優「だが、辞める前に今一度御老公にお聞きしたい」
忠優、斉昭を凝視しながら
忠優「水戸家は天下の副将軍家である」
斉昭「お、おう」
忠優「しからば、上様を支え、公儀を支えることがその当然なるお勤め」
斉昭「言うまでもない」
忠優「尊王も結構。しかし帝が政にしゃしゃり出てくれば、無用な混乱を招き、公儀の屋台骨さえ揺るがしかねない。そのこと、肝に銘じてもらいたい」
斉昭「・・・」
『おー』となる老中陣、安堵の空気。
『やばい』と察知した斜め後ろに座る斉彬、斉昭に耳打ちする。
斉昭、『お、おう、そうか』の返事。
斉昭「ならば、こちらも一つそなたに問う」
忠優、『なんだ?』の顔。
斉昭「メリケンとの条約に『必要なものあらば金銭にて享受する』とある。これはそなたが商い目的で文言を盛り込んだ、との噂がある」
忠優「!」
老中陣「!」
斉昭「これは如何に。たとえ正式なる物々交換でなく金銭だとしても、商い目的でこの条文をそなたがあえて盛り込んだのか」
一同「・・・」
一同、静まり返る。
斉彬の忠優を見る鋭い目。
忠優、少し考え込むが、決心する。
忠優「そうです」
牧野「!」
乗全「伊賀殿」
斉昭「!」
久世・内藤・慶永、驚く。
斉彬だけ知っているので冷静な顔。
斉昭「お、おのれはぁ、こやつは去年の10月21日に上田藩の産物販売所開設の願い出を提出している。大坂城代時代には城代稿と称し派手に上田紬を売りさばいておる。同じように商いを行おうというのか。おのれは金儲けや蓄財しか頭にないのか、この奸臣め。恥を知れ、恥を」
忠優「地元の産物を売って何が悪いのです。需要があるから売れる、必要とする者があるから売れるのです。それは自然なことではあるまいか」
斉昭「何たる恥知らずな。武士としての矜持の問題じゃ。貴殿は武士ではないのか。いや、そなたは武士ではない。薄汚い商人じゃ、守銭奴じゃ」
慶永「あきれかえりましたぞ、伊賀殿。『文臣銭を愛し、武臣命を惜しむ』という嘆き言葉がありますが、貴方は一人で二役をこなしておる」
宗城「まったく。金、金と下品極まりない。そういえば勘定奉行の石河政平とも日頃より結びついておりまするが、それもやはり金ですかな」
斉昭「うむ、よほど育ちが悪いのであろう。酒井も落ちぶれたものよ、それとも領地の上田がよほど賤しいのか・・・」
地元をバカにされキレる忠優。
忠優「そうだ、貧しい。確かに上田は貧しい」
叫ぶ忠優。
その声に驚く一同。
忠優「貧しいがゆえに創意工夫をし、交易を行い、何とか生きながらえてきた。だがその経験が今度は天下を救う。異国と交易することで富を得、力を蓄え、異国に追い付くことができる」
一同「・・・」
唖然とする一同。
我に返る斉昭。
斉昭「と、とうとう正体を現しおったな。やはり貴様は国を売ろうとしているのだな。異国と交易を図ろうとしておるのだな」
慶永「ば、売国・・・」
宗城「売国奴じゃ」
忠優「そうだ」
斉昭「許さん、ここにいる全員が許すことはあるまい。もはや貴殿に政を任すことは絶対にまかりならん。貴殿が老中を辞任しない限り、一切の協力は断る。ここにいる全ての諸侯も同じだ。老中首座にはその旨即刻申し付ける」
ばっと立ち上がり、間を出ていく斉昭。
それに続きぞろぞろと出ていく各諸侯。
斉彬も出ていくが、ちらりと忠優の様子を伺う。
斉彬「・・・」
一瞬同情の色を見せるが、これもやむを得ないことと割り切り、踵を返し出ていく。
牧野、久世、内藤もあきれて出ていく。
残った忠優と乗全。
乗全「・・・」
乗全、忠優を思いやり先に席を立つ。
一人取り残される忠優。
忠優「・・・」

 

 

 

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