【923】第8話 C3 『ファビウス/ハリス会談』≫
○下田奉行所・外観
表にオランダ国旗が掲げられている。
○同・内
岩瀬がファビウスと会っている。
岩瀬が書状を読んでいる。
岩瀬「・・・」
ファビウス「それはイギリスがシャムと結んだ条約文です。香港総督ボウリングは日本にもこのような条約を結ばせるつもりです」
岩瀬「・・・」
ファビウス「クリミア戦争も終わり、ロシアは敗れ、イギリス・フランスが勝利しました。もはや艦隊を引き連れてのボウリングの来日は現実のものとなるでしょう」
岩瀬「ファビウス提督、目的は通商条約とということだが、緩優交易とは何の制限もないのか。関税は掛けられないのか」
ファビウス「・・・」
こいつ、やるな、という表情。
ファビウス「当然関税は掛けられます。どうでしょう。一挙に緩優としないで、まずは仲介貿易から始めてみては」
岩瀬「仲介貿易?」
ファビウス「はい。我らオランダがアメリカやイギリスなど新たにやってきた西洋諸国との間に立って仲介するのです。例えばこれ」
机の上にバターとコーヒーが置かれる。
ファビウス「これはバターとコーヒーです。いずれも日本人には無価値だが、西洋人にとっては必要なものであるから、オランダ人が会所を通じて西洋人に売るのです。その売り上げに対し、あなた方が関税をかける。こうすれば、あなた方も税収を得ることができるではないですか」
岩瀬「なるほど。それは一定の幕府の収入にもなり、西洋との交易方法を学ぶ機会ともなる、というわけか」
乗り気な岩瀬。
岩瀬「現在、アメリカ総領事ハリスが来日している。領事とは何か。その職務、権限が知りたい」
ファビウス「領事は通商のことで駐在国と自国との間に立ち、円滑に互いの仕事が進むよう、特に自国民の保護、支援する立場にあります」
岩瀬「待遇は?」
ファビウス「総領事はゼネラールでありコモドールと同様の身柄である。コンシェルより一段上です。私はコンシェル、海軍でいえば艦長ですが、コモドールは艦隊司令です」
岩瀬「つまり、総領事は三大奉行格の地位にある、ということか」
考え込む岩瀬。
岩瀬「あとひとつ、よろしいか」
ファビウス「なんなりと」
岩瀬「交易にあたって、最も重要となる物品とは何か」
鋭い眼光でファビウスを見る岩瀬。
ファビウス、岩瀬に感心して
ファビウス「日本政府はみなあなたみたいなんですか?」
岩瀬、ニヤリとする。
ファビウス「いや。そうですね。最も売れるのは銅と樟脳でしょう。次に茶」
岩瀬「銅・樟脳・茶・・・。漆器は海内無双、瀬戸物は絶品でござるがいかがか」
ファビウス「陶磁器ですな。たしかに日本の陶磁器は良品です。ですが、貿易の主力商品にはなりません。あくまで副産物でしょう」
岩瀬「なるほど。そんなものか」
納得する岩瀬。
○玉泉寺・内
井上がハリス、ヒュースケンが会談している。
ハリス、大きな態度でパイプをふかしながら、
ハリス「通商条約を協議する前に、まずペリー提督が結んだ和親条約の間違った部分を訂正しなければなりませんな」
井上「間違った部分?」
ハリス「ペリー提督もおそらく失念していたのだと思うが、通貨の交換比率の件じゃ」
井上「通貨の交換比率・・・」
井上、早くも来たか、という表情。
ハリス「協約によると1ドルが1分となっているが、通貨は重量比率で交換するのが世界の常識。それは洋の東西もないであろう。重量に換算すると、1ドルは3分である。まずここを訂正してから、通商条約締結に向けて協議を始めたい」
井上「・・・」
井上、間を外し、食事を勧める。
井上「まぁ、ハリス殿。そんなに急くとも。まずは食事をとってからにしましょう」
隣の間に用意された豪華な料理。
尾頭付の刺身中心の日本料理。
席に着くハリスら。
ハリス「(うっ、魚の頭としっぽが付いている)」
顔に出さないように気をつけているが、気持ち悪げな顔。
魚が動く。
ハリス「ひっ、う、動いた」
井上「活け造りです」
ハリス「これはどういう料理か。グリルしたのか、ボイルしたのか、スチームしたのか。動いているとはどういうことか」
井上「ですから、生です。生きています」
驚くハリスとヒュースケン。
二人「オーマイガー」
ハリス、小声で
ハリス「ヒュースケン君。ちょっと味見したまえ」
ヒュースケン「いやですよ、コンシェルこそお先にどーぞ。早く食べないと失礼にあたりますよ」
ハリス「うっ」
箸を取り
ハリス「(これでも俺は世界のタウンゼント・ハリスだぞ。アフリカやアラブで爬虫類や昆虫さえ食べてきた俺だ。なめるな)」
必死の形相で食べるハリス、モグモグと味わう。
ハリス「(おえー、ま、まずい・・・)」
ヒュースケン「・・・」
その表情に怖気づく。
井上「・・・」
井上はそれどころでなく緊張している。
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