【927】第8話 D3 『願い』≫
○築地船着き場
沖に洋式軍艦・鳳凰丸が停泊している。
○同・甲板
玄仲と撰之助が乗っている。
撰之助「す、すごいな。俺は洋式軍艦には初めて乗った」
興奮気味にあちこちを見ている。
撰之助「大砲はこのようにいて装着されているのか・・・」
喜ぶ撰之助をみて満足そうに玄仲、
玄仲「この船はご公儀が作った船だが、大きさはそれでも中小に分類されるそうだ。西洋の船はさらに大きい。メリケンの黒船など倍の大きさで、さらに鉄でできているらしい」
撰之助「これの倍・・・、鉄で・・・」
玄仲「どうだ、驚いたろう。西洋人はこれらの船に乗ってやってくるのだ。かの者たちと交わりたいだろう。いろいろと未知の話などを聞きたくないか」
撰之助「・・・」
あちこち見ていた撰之助、玄仲の方に向き直り、
撰之助「商いの話ならやらんぞ。おまえはこの船を見せて俺が圧倒されると思ったろうがそうはいかん。俺だって火薬の専門家だ。西洋の技術力は文献で知っている。実際こうして西洋船に触れて、一層思ったわ。俺の火薬で異人どもを粉砕してくれると」
玄仲「・・・」
撰之助「だが、玄仲。ありがとう。おまえが見せたいと言っていたもの、確かに俺の心に響いたぞ」
玄仲、困り顔。
そこへ、向こうから剛介が現れ、玄仲に合図をする。
玄仲、その合図に喜んだ表情を見せ、
玄仲「撰之助、、実はおまえに見せたいものがあるといったのは、もう一つあるのだ」
撰之助「ん?」
向こうから剛介に連れられて、笠をかぶった一人の人物がやってくる。
剛介「玄仲、お連れしたぞ」
玄仲「恐悦至極に存じます」
撰之助「・・・」
誰だ?といぶかしむ撰之助。
玄仲「このような場所で大変失礼致します、殿」
撰之助「!!」
笠を取る連れの男、忠優であった。
撰之助「と、との?、上田の殿様?」
玄仲「そうだ、前老中、上田藩主松平伊賀守忠優様だ」
3歩下がって平伏する撰之助。
椅子に座る忠優。
忠優「楽にしてよい。お主が撰之助か。ついに会えたな。実は前から会いたいと思っていたのだ。秋帆や象山からお主のことは聞いておったぞ」
撰之助、呆然としている。
撰之助「え?、あ、はい。中居撰之助と申します。名字の中居は上田の隣町中居町から取っております。と、殿がおれ、、いえ私のことをご存知でいらした・・・?」
忠優「ああ、集要砲薬新書も読んだぞ」
撰之助、仰天する。
撰之助「ええー、私めの本をと、殿が・・・」
忠優「ああ、ちょっと撰之助と二人で話したい」
忠優の指示で、引き下がる玄仲と剛介。
撰之助「・・・」
○海
沖に浮かんでいる鳳凰丸。
○鳳凰丸・甲板
立って話をしている忠優と撰之助。
忠優「話は聞いている。玄仲の話を断っているそうだな」
撰之助「・・・」
忠優「お主が攘夷の気持ち高らかなのも聞いておる。そこらへんの旗本よりもはるかに高い意識でこの国を憂いておるとな」
撰之助「・・・」
忠優「攘夷の気持ちは分かる。それは尊いものだ。だが、この船を見れば攘夷などがいかに幼稚な考えだか分かるだろう、お主の感覚ならな」
撰之助「・・・」
忠優「攘夷など実行しようものなら、この国はたちまち占領され、西洋の街になるだろう、清国の上海のようにな」
撰之助「・・・」
忠優「しからばどうすればよいか、これらの船に乗ってくる西洋人と交易をし、技術力ごと獲得するのだ。そうやって追いつくしかない」
撰之助「技術力ごと獲得・・・」
忠優「そうだ。そのためには交渉力が必要だ。今後交易の条件はメリケンの大使と協議が始まる。だがそれだけではだめだ、現場できちんと異人と交渉できる力が必要なのだ」
撰之助「異人と交渉・・・」
忠優「やってくれぬか、撰之助」
撰之助「・・・」
とまどう撰之助。
撰之助「お、おそれながら・・・。私は上田藩士ではありません。玄仲のように上田藩の者でもございません。ですので、上田の殿様に命を受ける立場ではございませぬ。ご老中をた、退任されたゆえご公儀の命でもござらねば、い、いかなる命にてお申し付けにございましょう?」
忠優「・・・」
撰之助「・・・」
骨のある撰之助に一瞬感嘆を覚えるも、それが頼もしく口元がゆるむ。
忠優「そうか。そうだったな。これは命ではない」
そう言って忠優、頭を下げる。
撰之助「!!」
驚愕する撰之助。
忠優「これは命ではない。願いだ。撰之助、頼む」
狼狽する撰之助。
撰之助「ああああ、頭をお上げ下さい。し、承知しました。やります。この撰之助、命に代えてもやり抜きます。お任せ下さい。見ていて下さい。すぐに取り掛かります。御免下さい」
ばっと走り出す撰之助、着物を脱ぎ、そのまま海に飛び込む。
唖然とする忠優。
駆け寄ってくる玄仲と剛介。
玄仲・剛介「やや、いったい何が起こりましたか」
忠優、思わずぷっと吹き出す。
○海上
撰之助、泳ぎながら
撰之助「うおおおーー。俺は、俺はやるぞーーー。俺は命を受けた。俺はあの方の為なら死ねる。やるぞ。やってやるぞーーー」
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