開国の父 老中・松平忠固

【940】第9話 C4 『幼き心の傷』≫

○江戸城・大奥
荒れ果てた部屋。
障子が破かれ、ふすまには穴が開き、おられているものもある。
置物などの装飾品も軒並み壊されている。
それを横目に見ながら、女中に案内される忠固。
忠固「・・・」
さすがの忠固も何事かという表情。

 

○同・応接間
ここの間もボロボロである。
そこに待ち受けている女性が背を向けて座っている。
引きちぎられた掛け軸を見て悲しんでいる。
忠固、下座に着き平伏する。
忠固「お久しぶりにございます。御台様」
忠固の方に向き直る篤姫。
篤姫「伊賀殿・・・、お呼び立てしてすまぬ・・・」
忠固「これはいったい・・・」
篤姫、悲しげな顔で
篤姫「わらわもどうしたらいいのか考えたのじゃ。誰が、誰だったら救ってくれるのかと」
忠固「・・・」
篤姫「阿部殿が亡くなり、それに伴い御側衆の本郷もいなくなった。堀田殿では埒が明かず・・・。そんな時に老中に戻ってこられた貴方様。貴方様なら上様のお力になって頂けるものと」
忠固「では、やはりこれは上様が・・・」
頷く篤姫。

篤姫「一目で状況を分かって頂こうと恥を忍んでこの有り様をご覧頂いている次第です」
周りの惨状を改めて見る忠固。
忠固「で、上様はいま?」
篤姫「お部屋にこもられています」

 

○同・家定の部屋
ふすまが閉め切られている。
ふすまの前には付き人。
忠固と篤姫の訴えかけに、首を横に振る。
忠固「上様。伊賀にござりまする。御目通り頂きたく」
しーんと何の返事もない。
忠固「上様、入りまするぞ」
付き人、忠固を止める。
付き人「なりませぬ。何人たりとも中へは入れるな、との命にござりまする」
篤姫「ですが、お食事もお取りになっておられず、このままでは・・・」
忠固、意を決して中に入る。
忠固「御免」
中に入ると薄暗くよく見えない。
広い部屋、先ほどよりもっとひどくふすまや柱が切り刻まれている。
奥に人影。
ぼーっと立っている男、家定。
忠固「上様」
家定「うわー」
いきなり刀で襲い掛かってくる家定。
家定「去れ、去れー」
忠固、家定の刀を次々とかわしていく。
忠固「上様、伊賀にございま・・・」
家定「この悪霊めー」
忠固、かわしながら少しずつ部屋を移動していく。
所々服を切り刻まれていく忠固、斬っている手ごたえがあるのでつられて進んでいく家定。
ふすまに追いつめられる忠固。
家定「はー」
一文字に刀を振り下ろす家定。
忠固が交わすとふすまが真っ二つに切れ、日の光がぱーっと差し込む。
まばゆい光に目を背ける家定。
次第に光に目が慣れてきて
家定「い、伊賀か・・・」
忠固「伊賀、ただいま戻りましてございます」
家定「・・・」
一瞬、笑顔が戻る家定。
しかし、今度は忠固の胸ぐらをつかんでそのまま庭に倒れこむ。
縁側に駆けつける篤姫と付き人。
家定「遅い、遅いぞ、何をしていた。なぜ余を一人にした」
ボカスカ忠固の胸板を叩く。
家定「阿部も一人で逝きよって。その挙句に慶喜を余の後継にするだと。ふざけるな、何を言っているのだ、決めるのは誰ぞ、将軍は誰ぞ。余はまだ生きておるぞ」
篤姫「・・・」
篤姫も受け止めようと凝視している。
忠固、起き上がり
忠固「上様、その程度では敵は倒れませぬぞ」
家定、さらに感極まり泣き出す。
家定「うおー」
そして忠固を殴りつける。
家定「父上、父上ー、どうして父上はあいつなんかを、慶喜なんかに目をかけて。余がいながら。余というものがありながら・・・」
受け止め続ける忠固。
忠固「・・・」
家定「あんな男にだまされおって。あんな格好だけの男に。だから早死にするのだ、天罰が下ったのだ、父上、おおー」
泣き崩れる家定。
忠固「・・・」
篤姫「・・・」

 

○同・廊下
忠固と篤姫が歩いている。
篤姫「伊賀殿、ありがとうございました。上様の気もだいぶ晴れたことでござりましょう。それにしても上様が慶喜殿をあれほど嫌っておいでだとは・・・。初めて知りました・・・」
忠固、篤姫の様子を伺いながら
忠固「上様の御父上、前将軍家慶公が慶喜殿を可愛がっておられた。必ず将軍継嗣を同伴するしきたりの鷹狩に慶喜殿をお誘いになられていた。上様はおそらく一度も一緒に行ったことがない」
篤姫「ほ、本当ですか」
忠固「だいぶ心の傷は深こうござるな」
篤姫「そ、そうですか。上様は慶喜殿がお嫌い・・・」
忠固「・・・」
慶喜支持の斉彬からの命を受けているので困惑しているか、という表情。
忠固「いずれにしろ継嗣などということは先の話。それにそもそも御台様にお子が出来れば消えゆく話。そんな大層な話ではござらん」
篤姫「た、大層でない・・・」
篤姫、将軍継嗣を大した話ではないという忠固に驚いた表情。
篤姫「・・・」
忠固を見つめる篤姫。

 

 

 

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