【872】第5話 B4 『豆煎り』≫
○江戸城・将軍謁見の間
直弼が将軍の登場を待っている。
謁見がやっとかなったのでうれしい顔をしている。
しかし、そこに通されてきたのが斉昭。
直弼「な・・・」
斉昭「むっ」
直弼、斉昭が来たことに驚く。
直弼「な、なぜ貴殿が。本日はわしが上様と謁見する日でござる。貴殿は時刻を間違っておる」
斉昭も先客がいることに、そしてそれが直弼であることに驚く。
斉昭「なにを藪から棒に。間違って等おらぬわ。ワシも上様によばれて参上したまで」
直弼「そんなことはござらぬ。本日は某が献上した書状に対する御面会のはず」
斉昭「そんなことは知らぬわ」
『ふん』と直弼の隣に座る。
直弼「・・・」
やはり納得できない直弼。
直弼「そんなはずは」
斉昭「やかましい」
直弼「・・・」
動揺が隠せない直弼。
そこへさらに人が通される。
入ってきたのは忠優。
斉昭・直弼「!!」
忠優も驚く。
しかし、すぐに無表情になる。
直弼「な、な、なぜ貴殿まで」
斉昭、忠優が現れたことに不快な表情をするが、直弼の狼狽ぶりがさらに不快。
斉昭「何をうろたえておる、掃部守。しゃきっとせい」
両者の隣に座る忠優。
斉昭「貴殿は何故呼ばれたのか」
忠優「・・・。ただ来いと言われた故」
そこへがやがやと運ばれてくる豆を煎る用の火鉢や鍋、器。
斉昭「これはいったい・・・」
直弼「・・・」
そこへ家定が入ってくる。
家定「そろっておるか」
平伏する三者。
家定、席に着くなり
家定「今日来てもらったのは他でもない。余がそなたらに豆を振る舞おうと思っての」
斉昭「豆にござりまするか」
直弼「豆・・・」
忠優「・・・」
懐から出してきた金の刺繍の入った上質な袋から豆を取り出し、煎り出す家定。
○横浜・高台
かけている二人の足。
横浜湾を一望できる高台に出る。
二人は松陰と金子。
松陰「いない・・・。まさかまた出航してしまったのか、久里浜、長崎、そして横浜と三度失敗したというのか」
金子「話によると、ペルリは下田に視察に行くとの話。下田に行けばまた捕まえられるのでは」
松陰「うん、それに賭けよう。すぐさま下田に向かうぞ」
金子「はい」
踵を返し歩き出す二人。
○将軍謁見の間
ずっと豆を煎っている家定。
待ちくたびれてイライラしている斉昭。
落ち着かない直弼。
豆を煎っている姿をじっと見ている忠優。
斉昭「上様、異人がまだすぐそこにおります。豆などのんきに煎っている場合ではございませぬぞ。上様が先頭を切って夷狄どもを討って頂かなくては」
家定「まぁ、待て。直に煎りあがる」
斉昭「・・・」
しびれを切らして今度は直弼が
直弼「上様、書状は・・・、書状に目を通して頂けましたでしょうか」
家定「・・・」
鋭い視線で直弼を見る家定。
とぼけた表情になり
家定「お主もせっかちよのう。もう少しじゃ」
直弼「・・・」
家定「ようし、頃合いじゃ」
豆を鍋から皿に移す家定。
それを直々に一人一人に渡す。
斉昭「・・・」
絶句しながら受け取る。
直弼「・・・」
直弼は書状の反応がないので不安げ。
忠優「・・・」
また毒ではないかと警戒する忠優。
家定「どうかの。最高にうまく煎られていると思うが」
ポリポリ食べる斉昭、馬鹿にした表情。
直弼も食べるが豆のことなど頭にない。
食べる刹那、匂いをかぐ忠優。
家定「・・・」
それらの対応を鋭い視線で見つめる家定。
斉昭「豆は食べ申した。で、本日のご用向きは」
家定「・・・。終わった」
斉昭「終わったとは・・・、今日の用とは豆だけと言われるか」
直弼「・・・」
家定、とぼけた表情。
家定「そうじゃが」
爆発する斉昭。
斉昭「上様、今まさに皇国は存亡の危機にさらされておりまする。先代の上様、御父上様はそれは憂慮されて涅槃に旅立たれた。ワシは御父上からも上様のことをしかと頼むと仰せつかっておりまする。こんなことではいけませぬ。上様が武士の棟梁として先頭を切って夷狄に向かわねばこの国は滅びまするぞ」
家定「・・・」
きょとんとした表情の家定。
直弼「書状はよいわ。にしても、水戸殿。上様に対して、なんたる口の利き方。決して見過ごすことはできませぬぞ」
斉昭「なにー。将軍を補佐する副将軍家であるこの水戸家。譜代風情が何を言う」
直弼「幕府開闢以来二百余年、ずっと大老職を担ってきたこの井伊家、井伊家こそ常に上様を補佐してきた家門。上様の最も信望の厚いのは、ご公儀に携わることのできない御親藩ではござらん」
斉昭「なんだと」
忠優「およしなされ。上様の御前でござるぞ」
家定の眼光が光る。
我に返り、黙る両者。
忠優「・・・。上様。今日の豆はおいしゅうござりました」
毒ではなかったと警戒感を解かない表情で家定を見る忠優。
鋭い表情の家定、顔が崩れ
家定「そうか、そうか。そうであろう。先日の神酒は毒であったからのぉ」
ゴホゴホっと咳き込む斉昭。
不快な顔をする直弼。
おどけながらも眼だけは笑っていない家定。
家定「伊賀、そちだったらどうじゃ。水戸と彦根、どちらを取るかの」
直弼・斉昭「!!」
忠優「・・・」
家定「・・・」
直弼「・・・」
斉昭「・・・」
忠優「そんなことより如何に異国と対峙するかこそ思案すべきことでありましょう」
家定「そんなこと、ほっ、そうであるな。そんなことはそんなことであるな、あっはっは」
斉昭「・・・」
直弼「・・・」
そんなこと呼ばわりで怒りの表情を隠せない斉昭と直弼。
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