【856】第4話 B4 『老中陣の秘策』≫
○江戸城・大広間
3度目の同様の会議。
大勢の大名諸侯が集まっている。
先日と同じ配置で座っている。
忠優「メリケン艦隊は先日、羽田沖まで侵入してきた。そのままそこへとどまり上陸してきたならば、我らは命を賭してそれらを防がねばならなかったであろう。すなわち戦である」
一同、しんと聞いている。
斉昭「・・・」
斉昭も神妙に聞いている。
忠優「だが、我らの働きかけに応じ横浜沖にもどった。そして交渉地も頑なに主張してきた江戸ではなく横浜で了承してきた」
『おお』という安堵の声。
『やはり伊賀殿か』の声も。
阿部「それはすなわち、いきなり我が国を攻め滅ぼそう、属国にしよう、という気ではない、ということに他ならない。アヘン戦争を仕掛けたエゲレスとは確かに一線を画すと見てよい」
一同を見回す阿部。
阿部「となると、いかに交渉によってかの国を退けるか、ということになるが」
扇子をパチンと鳴らし合図する牧野。
最下座に男が現れ平伏する。
牧野「交渉に際し、この者にあたらせようと思うのだが」
皆が平伏している男を見る。
牧野「中浜万次郎でござる」
驚く斉昭、直弼、その他の者達。
斉昭「ちょっと待て。聞いておらぬぞそんな話。万次郎?、ジョン万次郎とか申したメリケンで何年か過ごし戻ったという輩か」
脇坂「ばかな、その者は漁民ではないか。旗本に登用したといっても漁民は漁民、先日の岩瀬などと比べても話にならぬわ」
直弼「な、なにを考えておる、阿部殿」
ざわつく一同、しばらく混乱する。
ドーーーン。
そこへ大砲の音が鳴り響く。
しーんとなる場。
再びドーーンという号砲。
混乱し、立ち上がる者が出る。
忠優「うろたえなさるな」
びくっと動きが静止し、平然と列座する形に戻る場。
阿部「ご安心なされよ、祝砲との報告を受けている」
ドーーーンという号砲。
一同「・・・」
阿部「そこの万次郎はメリケンで教育を受け、長い間捕鯨船で太平洋すなわち我が国とメリケン国の間の大海を幾度も航行してきた者。メリケンが何を求めているか日本で一番よく分かっておる。彼の者が申すには、メリケンが最も求めているのは捕鯨船の中継基地としての薪水・食料・石炭の供給及び遭難者の保護、だとのこと。それはすなわち現状の薪水給与令の延長にすぎぬ。それならば受け入れることができるのではないか」
一同「・・・」
ドーーンという号砲。
斉昭「えーい、やかましいわ。ふすまを閉めい」
閉められるふすま。
静かになる場。
阿部「この万次郎に交渉参加させ、その線でまとめさせるのではいかがか」
『おい、どうする』などざわつき。
斉昭「薪水給与令の延長ということならば問題あるまい。遭難者の保護などは我が国の徳の高さを知らしめるためにも当然のこと」
安堵する老中陣の顔。
斉昭「しかし、こやつを参加させるなどとはもってのほかである。こやつはメリケンの間者である、との疑いもある」
『たしかに』などとざわつき。
直弼「間者であるかだの以前に」
むっと直弼を見る斉昭。
直弼「このような身分の低き者に我が国始まって以来の交渉させるなど受け入れることができようか」
顔を見合わせる老中陣。
忠優「分かり申した。万次郎には交渉の席にはつかせぬ。だがその代わり、先の方針で交渉に臨むということは了承ということで、結構でござりますな」
斉昭「う、うむ」
直弼「うーむ」
仕方なく納得する二人。
それを確認し、忠優、岩瀬に合図を送る。
下座の岩瀬、頷く。
岩瀬「おそれながら」
みな、岩瀬の方を見る。
直弼「む」
直弼の反応を見ながら応える忠優。
忠優「なんだ、岩瀬。発言するとならば覚悟のあることであろうな」
岩瀬「はい」
脇坂「・・・」
直弼「・・・」
しーんとなる場。
先日のようにさえぎる言葉はない。
阿部「苦しゅうない。申してみよ」
岩瀬「は。現在メリケン艦隊が来航しておりますが、オロシアも一旦は引き下がったとはいえ再三にわたって来航しております。彼らの申す国際法とやらには最恵国待遇というものがあり、初めに条約を締結する国が非常に重要になります。我が国はメリケンかオロシアかどちらを先に条約を結ぶのでありましょうや」
ざわつく一同。
ざわつくが発言はない。
斉昭「・・・」
直弼「・・・」
斉昭、直弼が答えられないのを確認して
阿部「岩瀬、お前はいかに思う」
岩瀬「は、やはりオロシアでなくメリケンかと考えまする。なぜなら現在我々を脅かしている蒸気船はかの国のフルトンなる者が造ったものでメリケンは同じ西洋のオロシアやオランダよりも文明の進んだ国だからでござる。それに、我らが恐れるべき最大の敵はエゲレス、清国を植民地とした次は我が国に襲い掛かってくるのは間違いありませぬ。ですがメリケンは元はエゲレスの植民地、そこから戦争をし独立を勝ち取った歴史があります。条約の最恵国条項によりメリケンをしてエゲレスに対峙させる、つまり『夷を以て夷を制す』、それが現在取り得る最善の方策かと」
『なるほど』『うむ、それはいい』などのざわつき。
不満顔の斉昭や直弼。
満足顔の阿部や忠優。
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