【880】第5話 D4 『日の丸』≫
○阿部邸・外観(夜}
満月が輝いている。
○庭に面した応接間(夜)
阿部、忠優を迎えている。
月見をしている二人。
阿部「此度の事、誠にかたじけなかったでござる」
忠優「何のことでしたか」
阿部「上様にこの伊勢を慰留するように言上してくれたとか」
忠優「そのことですか。なに、礼には及びませぬ。なぜなら」
阿部の方を見る忠優。
忠優「我が言わなくともあの方は阿部殿を留任させたでしょう」
阿部「それは・・・」
忠優「あの方はうつけなどではない。それは今回の件で確信致しました。阿部殿は以前から確信していた、だからこそ今回の賭けに出られた、違いますかな」
阿部「・・・。あのお方は底が知れませぬ。とんでもない大人物やもしれませぬ・・・」
忠優「・・・」
月を見る忠優、穏やかな顔。
忠優の穏やかな顔を見て満足そうな阿部。
阿部「そうそう、一つ忠優殿にお話があったのでござった」
そういって後ろから風呂敷包みを二つ持ってきて、一つを開く。
忠優「こ、これは」
出てきたのは、白地に黒の横一文字の大中黒の旗。
忠優「大中黒の旗。徳川の先祖である新田氏の旗でござるな」
阿部「さよう。メリケン国がやたらと国旗を掲げておりましたな。外国船と区別するため我が国も国旗を選定せねばなりませぬ。幕臣はこの大中黒にしようと思っておりますが」
もう一つの風呂敷を開ける阿部。
忠優「おお」
出てきたのは日の丸。
阿部「日の丸。皇祖神・天照大神は太陽神、日出ずる国・日の本の象徴。古くより日の丸は我が国の象徴として掲げられ、近年でもロシアに対してすでに日の丸を掲げておる」
日の丸にじっと見ている忠優。
阿部「どちらにするかというところですが」
忠優「いいですな、日の丸」
阿部「忠優どものそう思われるか」
忠優「うむ、メリケンにしてもエゲレス・フランスにしてもどうもカクカクしておるが、それに引き換え日の丸はまさに輪であり、和の国をあらわしてもいるではないか」
阿部「そうか、そうでござるか。ご老公も大中黒は一氏族の印だが日の丸は歴史的に日本が使用してきた印であるからと賛成でござる」
忠優「紅白で縁起もよい。翻って大中黒では葬式に間違われかねん」
阿部「ははは、これ、またそんなことを。溜間あたりから激しく追及されまするぞ」
忠優「ははは」
和やかなひと時。
月明かりに映える日の丸。
N「嘉永7年(西暦1854年)7月9日、阿部正弘は日本国共通の船舶旗を日の丸と制定する布告を発した」
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