【929】第9話 A1 『本心』≫
○阿部邸・外観(夕)
厩には二頭の馬がつながれている。
○同・控室
一人座って待機している水野。
心配そうな表情。
水野「・・・」
○同・廊下
緊張の面持ちで廊下を歩く忠優。
○同・阿部の部屋
阿部の寝室に通される忠優。
病床で横になっている阿部。
傍らに介抱する妻。
忠優「!!」
阿部の姿を見た忠優、驚く。
そこには痩せこけた末期症状の阿部。
忠優「・・・」
阿部、忠優の表情を見て
阿部「お、驚いたであろう」
忠優、動じないふりをして
忠優「何を言うか、阿部殿。顔色もよいではないか」
阿部、ふっと笑う。
阿部が合図をすると妻は席をはずす。
退出を確認した後、阿部が話し出す。
阿部「交易の準備の方はいかがですかな」
忠優「うむ、ようやく異国に販売する窓口が確定でき申した。上信州より江戸への流通を整えているところでござる」
阿部「ふふふ、本当に大したお方じゃ。わしはもう駄目じゃ。忠優殿に引き継ぐ時が来たようじゃ」
忠優「何を弱気なことを言うか。阿部殿がいるからこその我じゃ。まだまだ阿部殿には頑張ってもらわねば困るぞ。ゆっくり養生して・・・」
阿部「いや、自分の身体の事は自分で分かる。もはや手の施しようがあるまい。死ぬ前に忠優殿には聞いてもらいたいことがある」
阿部、起き上がろうとする。
忠優が手伝って、病床で上半身だけ起き上がる阿部。
阿部「私はこれまでお役目で、できるだけ自分の考えを発言しないようにしてきた。それは余計な発言によって、その失言を理由に追い落とそうと言う輩が充満しているからだ。そしてそれは大いに効果を発揮してくれたと思う」
頷く忠優。
阿部「が、しかし、理由はそれだけではない」
忠優、なんだ?という顔。
阿部「忠優殿は不思議であったことだろう。なぜ私が執拗に御老公を登用したかを。これまで前例がないのに御三家を公儀に入閣させ、しかも三度も登用したことを」
忠優「・・・。それは前例や因果因習を打破するために御老公の力をお借りして・・・」
阿部「違うのだ」
語気を強めて反対する阿部。
その語気に驚きの色を見せる忠優。
阿部「違うのだ。私の本心は・・・、本心は・・・、開国に反対なのだ」
忠優「!」
阿部「私の考えはご老公と同じなのだ。いや、ご老公の主張に憧れていた・・・、というのが正しいか」
忠優「ま、まさか・・・。そ、それでは、自分の考えとは相容れぬのに条約締結や西洋式の導入を進めてきたと・・・」
阿部「・・・」
忠優「・・・」
阿部「できることなら異国船打払い令のままで行きたかった。しかし世界の情勢を鑑みるととてもできそうにはない。そこで対極の考えを持つ忠優殿を利用した・・・」
忠優「・・・」
阿部「すまぬ、忠優殿。これまで貴殿を裏切ってきた・・・」
阿部、目に涙がにじむ。
阿部の顔を凝視する忠優。
忠優「ふふ、裏切るなどとんでもない。我は阿部殿に拾われた身。存分に利用されるがよい。少しは役に立ちましたか?」
微笑む忠優。
阿部「・・・、忠優殿・・・ありがとう」
忠優を見て感謝の意を表する阿部。
ごほ、ごほっと咳き込む。
心配げにさらに近づく忠優。
忠優「蘭方医には見てもらいましたか。そう、今なら長崎にオランダ人医師もいる。至急手配させ江戸に上らせましょう」
阿部「・・・」
阿部、厳しい表情になり
阿部「それは・・・、御断り申す」
忠優「・・・」
阿部「異人に身体を切り刻まれるなどそこまでして命乞いをするつもりなどない。私の身体は私のもの。たとえ公務についていても、自分の身体は自分の好きにさせてもらう」
阿部、忠優の襟元をつかみながら
阿部「たとえ政では異国に蹂躙されようとも、自分の身体まで異人に蝕まれるのは御免こうむる」
鬼の形相の阿部。
忠優「・・・」
その形相に言葉をなくす忠優。
さらに咳き込むので、阿部を横に寝かす忠優。
阿部「た、忠優殿・・・、私は夢見ていた。私を中心として忠優殿が内務卿、斉彬殿が外務卿、御老公が軍務卿として公儀を組織する日を・・・。そうなればきっと・・・」
そのまま意識を失う阿部。
忠優「・・・」
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