開国の父 老中・松平忠固

【936】第9話 B4 『象山・松陰への使者』≫

○松代
深い山の中。
『安政4年(西暦1857年)7月』

 

○松代藩・佐久間邸
邸内に張り巡らされている鉄線。
ジリジリジリとベルが鳴る。
電信機の受話器を取る音。
声「うむ、通せ」

 

○同・応接間
象山が松代藩士を応接している。
藩士「困るではないですか。象山殿」
象山「なにがじゃ?」
藩士「その後ろの夷荻の道具じゃ」
象山の作った電話。
象山「これが何か?」
藩士「何かもこにかもないでござろう。そなたは謹慎中の身であるぞ。控えなされ」
象山「わしは謹慎しておるぞ。じゃから部屋中でやっておるではないか」
藩士「部屋の中でも同じでござる。要は反省しておるか否か。そなたは全く反省の色がないではないか」
象山「では言わせてもらうが、江戸では直にこの電信網が張り巡らされるぞ。江戸のお下がりを待っておったら何年先になることか。この象山が研究しておれば同じ時期に、いや、江戸に先駆けてこの松代で試験運用を任されることになるかもしれませぬぞ」
藩士「え?」

象山「ご老中に上田候が復帰なされた。ワシの謹慎がとけるのもそう遠くあるまい」
藩士「ま、まさか」
象山「お主はわしを見張るのでなく、すぐにワシを開放することをご家老に進言した方がよいと思うぞ。時代は動いておる」
藩士「・・・」
象山が電話を取る。
象山「おい、お帰りだ」
襖がすーと開く。
すごすごと出ていく藩士。
入れ替わりに妻の順子が入ってくる。
順子「あなた、あんなこと言って大丈夫なのですか?」
象山「ふふふ、事実なのだから仕様があるまい」
藩士が帰っていく姿を見ながら
象山「まさか謹慎中の身で上田候の使者と会ったなどとは言えないからな」
遠くを見つめながら
象山「今頃あいつの所にも・・・」

 

○萩
萩の風景。
『萩』

 

○松下村塾・外観

 

○同・内
松陰が上田藩士A・Bと面会している。
松陰「そうですか。象山先生はお元気であらせられますか」
藩士A「早くお役に復帰して縦横無尽に働きたいとうずうずしておられるが、藩内の反感も強いようですな」
松陰「先生がご健在なら、何より。わしはともかく先生には一刻も早く恩赦が出てほしいものです」
藩士A「これは内々ですが・・・。今度我が殿が老中に復帰されます。時期を見て象山殿を放免すると申しております」
松陰「え?上田候が再び老中に・・・。象山先生を放免に・・・」
藩士A「もちろんその時は貴方様も一緒に」
松陰「・・・」
感動の表情の松陰。
藩士B「空手形を押すのもよろしくないですが、我が殿はわざわざ我々を松代と萩に派遣し、それを伝えよ、と命じたのです。いよいよ異国と対峙せねばならん、お主たちの力が欲しいと」
松陰「・・・。上田候が。我らの為にわざわざ・・・」
うなずく藩士A・B。
松陰「・・・」

 

○松下村塾・庭
のどかな風景。

 

○同・内
部屋に入ってきて松陰の前に座る男。
男は桂小五郎(24)。
桂「先生、あの者どもは上田藩士。上田候と言えばメリケンと条約を結んだ張本人。許しがたい奸物ではありませぬか。どうしてそんな者どもとお会いになるのです」
松陰「桂君。上田候は違うぞ」
桂「どこがどう違うのです。夷狄に脅され屈辱的条約を結んだではありませぬか」
松陰「それを言うなら、わしはその異国船に乗り込もうとしたのだ。志は同じなのだ」
桂「・・・」
全く納得していない桂。
松陰「少なくとも象山先生もわしも死罪を免れ、今こうして話をしていられるのも当時老中であったあの方の口添えあってのこと。さらに今、象山先生をまさに放免しようとしてくれているのじゃ。そこだけは認めてくれんか」
桂「私は納得いきません」
出ていく桂。
ふぅとため息をつく松陰。

 

 

 

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