【944】第9話 D4 『堀田の妙案』≫
○堀田邸・外観
○同・庭園
美しい庭園。
池に満月が映っている。
ハリスとヒュースケン、堀田と忠固、井上や岩瀬が宴をかこっている。
ハリス「蒸気機関の出現、特にそれを備えた蒸気船の運航によって、各国の距離は縮まり、その往復は頻繁となり、貿易が以前とは比類にならないほど盛んとなったのです。いまや以前の風を頼りの帆船時代とは一変した世界になっています。日本は好むと好まざるとに係らず、鎖国を続けることは困難です。開国して貿易を始めれば関税収入が得られます。そうしたフリー貿易、資源開発・輸出入を活発に行えば、日本は莫大な利益を上げることになることは疑いのないことなのです」
聞き入っている井上と岩瀬。
うんうんうなずいている堀田。
外の満月を見ながら思いにふけっている忠固。
みなの表情には確信に満ちている。
ハリス「私の使命は、あらゆる点で友好的なものであること。私は一切の威嚇を用いないこと。プレジデントはただ、日本の迫っている危難を知らせて、それらの危難を回避することができるようにするとともに、日本を繁栄、強力、幸福の国にするところの方法を指示するものである」
一同「・・・」
ハリス「英仏艦隊はチャイナとの戦争が終われば、日本に来航するだろう。彼らは首都北京に迫り、奴隷のような条約を結ばせようとしています。日本来航時の使節には香港総督ボウリングが内定しています。ボウリングや領事官パークスなどにかかれば、日本人など未開人であり売買対象の奴隷くらいにしか思っていません。彼らは主要な貿易の要衝、喜望峰ケープタウン、インド・カルカッタ、シンガポール、香港、上海と次々と支配下に置いています。次の支配地はどこだか知っておりますか?」
顔色が変わる一同。
堀田「それは日本ですな」
ぎろっと一同をにらむハリス。
ハリス「正直に申し上げて、、、日本などどうでもよい」
一同「・・・」
ハリス「私が大君に直接伝えたいと言っていた重大事とはこれです。現在ロシアは欧州ではクリミアに侵攻し、極東においては南下を企てています。イギリスはそれを断固阻止する構えです。クリミアについてはすでに撃退しました。そして極東の南下に関してイギリスは対抗策として・・・」
一同「・・・」
息をのむ一同。
ハリス「エゾを領土としようとしています」
一同「蝦夷・・・」
ハリス「私が一刻も早く条約締結を結ぼうと言っている意味が分かりますよね」
一同「・・・」
○同・庭
池に映る月。
○同・縁側
ハリス帰宅後の余韻に浸っている忠固ら4人。
岩瀬「まさかエゲレスが蝦夷地を狙っているとは知りませんでした」
忠固「待て、岩瀬。あの男はペルリと比べて今一つ信用できぬ。エゲレスが清国を攻撃していることは事実だ。だがきゃつが言っていることがどこまで本当か。どうも駆け引きの匂いが消えぬ」
井上「商人上がりと聞いております。調子のいい御託を並べるきらいはありますが、メリケンがエゲレスより組みやすき相手なのは確か」
岩瀬「そうです。やはりもはや一刻も早く条約締結を目指す必要があろうかと」
忠固「うむ。それは同意じゃ。いかがかな、首座殿」
堀田「うーん、わしもそれには賛成じゃ。賛成じゃが。ご老公や溜間は同意せぬだろう。勝手に進めればわしの首などすぐに飛んでしまう」
忠固「堀田殿、閣内が団結すれば乗り切れること、いや団結すること唯一無二の道でござるぞ」
皆、堀田を見る。
堀田「・・・」
煮え切れない堀田。
一同「・・・」
堀田「実は、、、ご老公や溜間、双方とも納得させられる妙案がある」
忠固、いやな予感。
井上「え?」
岩瀬「なんです、それは」
堀田「京の了解を得るのじゃ」
岩瀬「京都・・・。帝の?」
井上「・・・」
井上も険しい顔。
堀田「実はご老公も溜間も、メリケンと条約を締結するに当たって京都の了解を得よ、と申しておるのだ。だからじゃな・・・」
堀田の発言を遮るように
忠固「ばかばかしい。ご老公のいつもの時間稼ぎではないか。日米和親条約締結の報告も京都へ送ったのは1年半後ぞ。それもこれまでそんなことをした試しも、する必要もなかった。それをご老公のご機嫌の為に始めたことだ。今はもう参与も退かれたのだ、そんな必要がどこにあろうか」
井上「私もそんなことは百害あって一利なしだと思います」
堀田、不機嫌になる。
堀田「御老公だけではない。溜間もそう求めておるのだ。それをするだけで両者とも納得させられるのだ。こんな妙案が他にあるのか、あれば言ってみよ」
忠固、失望の表情。
池に映る月が雲に隠れ、やがてぽつぽつと雨が降り始める。
岩瀬「降ってきましたな」
井上「・・・」
堀田「・・・」
忠固「・・・」
それぞれ思うところがある表情。
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