【972】第11話 C4 『不時登城』≫
○井伊邸・外観(朝)
『6月24日』
○同・内
慶永が直弼を詰問している。
慶永「話が違うではないか」
直弼「何のことです?」
慶永「協力して伊賀を止める、との約束だったはず。条約調印は19日とのこと、それは話を伺った前日ではないか。だましたのか」
直弼「これは心外なことを。伊賀が暴走し、前日のうちに調印してしまった、というだけのこと。だからその罪を問い、伊賀を罷免したわけで」
慶永「そなたの責任はどうなのだ、そなただって責任は免れぬぞ」
直弼「某は勅許を待つように最後まで主張をした。こうなった以上、一度は開港するが隙を見て閉港に持っていくしかないと存ずる」
慶永「・・・。さ、さらに重大なるは御継嗣問題、紀州殿に決められたとの話も聞く。いかがか」
直弼「上様がそうお考えであるのは聞いていおります」
慶永「京都の意見は違うはずじゃ。条約の勅許といい、御継嗣の勅命といい、京都を軽視すること甚だしすぎるぞ」
ゴーンと始業の鐘の音。
直弼「おお、始業の鐘じゃ。では某は登城する故、これにて」
慶永「お待ちなさい、大老に始業時刻は関係ないはず」
裾を握る慶永。
直弼「何をするか」
ばっと払いのける直弼。
直弼「見苦しいぞ、越前守」
荒い口調にたじろぐ慶永。
【971】第11話 C3 『台慮』≫
○江戸城・廊下(朝)
『6月22日』
朝焼けがまぶしい。
老中の久世がすごい形相で歩いている。
○江戸城・御用部屋
ふすまを荒々しく開け中に入る久世。
久世「どういうことですか」
中にいる直弼と脇坂、内藤の閣僚陣。
脇坂「本当にどうしたものか。井上と岩瀬が勅許を待たずに調印してしまって」
久世「そうではござらん、堀田殿は当然としても伊賀殿がなぜ登城停止なのだ。いったい全体どういうことなのだ」
脇坂「そうだ、もとはと言えば伊賀殿が二人をけしかけたのだ。あの二人が無断調印をした責任は当然伊賀殿にある」
久世「ば、バカな。そんなバカな話があるか。閣議で全会一致で調印は了承されたではないか。なぜ伊賀殿一人が罪をかぶる必要がある。いや、そもそも何の罪だ、何を以て罪なのだ」
脇坂「う・・・、それは・・・」
久世「井伊大老、いったいどういうことなのだ、これは」
内藤「・・・」
内藤、困惑しきった顔でうつむいている。
久世「大老」
直弼、落ち着き払った顔で
直弼「台慮である」
久世「な、なに?」
直弼「台慮、すなわち上様の思し召しである」
久世「う、上様の・・・」
【970】第11話 C2 『晴天の霹靂』≫
○江戸城・大手門
『安政5年(西暦1858年)6月20日』
忠固が門から通路を歩き、玄関に入る。
○同・入口
茶坊主が迎える。
茶坊主「公方様よりご内意がございます」
廊下を進む忠固。
○江戸城・庭
庭で盆栽を切っている家定。
突然胸を押さえて苦しがり、ばたっとうずくまる。
女官たちが気が付き、騒ぎ出す。
女官A「う、上様」
女官B「だ、誰か、誰かある」
○同・将軍謁見の間
誰もいない将軍が座る一段高い上座。
下座にて座って家定を待つ忠固。
ぽつぽつと雨が降り出す。
○同・将軍の間
床に伏している家定。
周囲には奥医師が集まっている。
奥医師「う、上様」
家定、周りを見回し石河を見つける。
家定「い、石河と二人だけにしろ」
一同の目が石河に向く。
奥医師「上様、我ら奥医師が側にいなくては」
家定「余の命じゃ。さがれ」
すごすごと一同、部屋を出ていく。
二人きりになる家定と石河。
石河「う、上様・・・」
家定「や、やはり毒だったな」
石河、頭を畳に擦り付け、
石河「も、申し訳ございませぬ。私が命に代えてもお守りせねばならぬところを」
家定「お主のせいではない。こうなる事は余の宿命だろう」
石河「う、上様…」
○慶永邸
直弼が部屋に入っていく。
部屋の中で待っているのは慶永。
○同・将軍謁見の間
雨がザーザーと激しくなってくる。
その様子を何気なく見やる忠固。
【969】第11話 C1 『日米修好通商条約締結』≫
○江戸城・外観
『安政5年(西暦1858年)6月19日』
○同・評定の間
忠固・堀田をはじめとする老中陣、岩瀬・井上をはじめとする下級役人、上座に大老の直弼が座っている。
井上が報告している。
井上「一昨日の6月17日、ハリスがポーハタン号にて横浜沖に来航。文書にて正式に申し入れを行っています」
文書を読む直弼。
井上「昨年来エゲレス・フランス両国は清国に対し攻撃を加え、広州を占領し天津を制圧しました。そしてその結果結ばされたのがこの天津条約です」
岩瀬「賠償金はエゲレスに対し400万両、フランスに対して200万両」
ざわつく一同。
『よ、400万…』『合わせて600万両ではないか』などの声。
岩瀬「さらに、南京をはじめ計10港の開港。アヘンの輸入公認、交易における関税率の撤廃。キリスト教の布教と支那における旅行のフリー、等です」
直弼「フリーとは何か」
岩瀬「好きにしてよい、天下御免である、ということです」
直弼「・・・」
冷や汗をたらす直弼。
『10港の開港・・・』『それよりアヘンじゃ、問題は』『いや、邪教の布教が最も深刻』などの声。
井上「エゲレス・フランスはこの勢いを以て日本にやってくる、ハリスはそう言っております。オランダ・カピタンに確認したところそれは間違いないとの返事」
久世「日本にやって来る・・・。だが我が国がきゃつらを軍備で退けるは不可能。となれば唐の国と同じように・・・」
静まり返る場。
目を閉じていた忠固、目を見開き、満を持して口を開く。
忠固「もはや機は来た。今こそ条約を締結する。今ならこちらの条件で条約を締結できる、関税もかけられ利益も得られるのだ。逆に、この機を逃せば、清国のような条件、関税なき奴隷のような条約となろう」
【968】第11話 B4 『毒見』≫
○将軍の間
家定の前に食膳が並んでいる。
毒見役が食べ終わり、家定が食事を始める。
家定「!?」
何か違和感を感じる家定。
箸をおく。
家定「やめた。今日は食欲がない」
席を立つ家定。
付人「う、上様・・・」
あせる周りの者達。
家定「それと、石河を呼べ。すぐにじゃ」
○庭
遠くから家定の様子を見ている付人。
木に登っている家定。
下の枝で聞いている石河。
家定「い、石河・・・、毒じゃ」
石河「え?」
家定「おそらく毒をもられた」
石河「本当にござりますか。毒見の者の報告ですか?忍びからの?」
家定「余自身じゃ」
石河「う、上様自身・・・」
【967】第11話 B3 『密談』≫
○暗い部屋
男たちが密談している。
男A「これは・・・?」
男B「カビです」
男A「カビ?」
男B「沢手米についたカビです。沢手米、つまり海水に濡れ損じた年貢米ですが、そこから発生したカビには強い毒素が出ることがあります。その毒は数時間のうちにマヒを起こして三日位の苦悶のうちに死にます」
男A「ほう」
男B「そして、その症状は急性脚気・衝心脚気に非常に似ています。おそらく蘭方医をもってしても脚気と診断するでしょう」
男A「脚気か・・・。で、大丈夫なのであろうな」
男B「はい。このカビは元は偶然見つけたもの、それを我が里で秘伝化したもので、他には全く知られておりません」
男A「よし。奥祐筆に志賀金八郎という者がある。その者を使え。問題ない、根回しは済んでおる」
男C「かしこまりましてございまする」
【966】第11話 B2 『商談』≫
○江戸城・庭
忠固と紀州家老、会津藩主・松平容保(22)が茶席を開いている。
家老「我が殿・慶福様がご継嗣に内定するに当たっては伊賀守様には格別のご高配を賜り・・・」
忠固「ご継嗣は上様がお決めになられた事。我は関係ござらぬ」
家老「そうは言っても井伊掃部頭様を御大老に推挙されたのは伊賀守様と聞いております。それが何よりのご尽力の・・・」
忠固、面倒くさそうに
忠固「そんなことより、交易です。交易が開始されるとなると、当然売る物を用意しなければならない。紀州藩にはぜひ物品の準備をしてもらいたく」
家老「え、は、はい。それは用意は致しますが、本当に売れるのでありましょうか」
忠固「それはやってみないと分かりませぬ。我も初めてなゆえ。しかし、清国の交易の状況など研究して予想はつきます。いけるはずです」
容保「我が会津にも声をかけて頂き、誠にありがとうございます。我が会津も物品は用意いたしますが、私は向こうの物品を手に入れたい。蒸気機関車ですか・・・、あれには本当に驚きました」
忠固「容保殿はお若いからご興味があられると思っておりました。よし」
忠固、合図を送る。
合図に従い、男が下の座に現れる。
平伏するその男は撰之助。
忠固「この者は中居屋重兵衛。この男は商人でありながら蘭学を学んでおりますので、上田・信州の物産はこの者に売買させる予定です」
【965】第11話 B1 『相撲観戦』≫
○浅草
下町の賑わい。
○浅草寺
大勢の見物客が見守る中、相撲が行われている。
幕府の侍の中に、一緒に観戦しているハリスとクルシウス。
力士の豪快なぶつかり合い。
ハリスとクルシウス『おお』などと言いながら興奮して見入っている。
クルシウス「相撲は初めてですかな、コンシェル。驚きでしょう」
ハリス「噂には聞いてましたが、私はダメですな。ぶくぶくと肥満して気色悪い。ボクシングの方がよほどスマートです」
四股を踏んでいる大関小柳。
クルシウス「ははは。御覧なさい。あれが大関コヤナギです。ボクシングヘビー級で言うところの、トム・クリップやトム・ハイヤーズのごときチャンピオンですよ」
ハリス「まさかカピタンはあの相撲レスラーの方がトム・クリップより強いというのではないでしょうね」
クルシウス「侮れないと思いますよ。実際ボクシングが日本の柔術に負けたところを見たことがあります」
あっと慌てて口をふさぐクルシウス。
がっぷり組んで、豪快な下手投げで相手をぶん投げる小柳。
ハリス「おお」
楽しんでいる二人。
【964】第11話 A4 『不気味な沈黙』≫
○井伊邸・茶室・外観(夜)
声「ま、まさか上様が」
○同・内(夜)
直弼と長野が話している。
直弼「そうなのだ。上様は実に聡明な方であられる。あれは暗愚のようなふりをしていたのだ」
長野「なぜ暗愚のふりなど・・・」
直弼「知るか。大老になったはなったが、わしの居場所などない。政務は伊賀守をはじめ老中がおさえ、下々の官僚も従っておる。条約交渉もすでに完了しておるのだ」
長野「・・・」
直弼「しかも奴め。自分の腹心である石河政平を上様の御側衆にしおった。上様を独り占めするつもりだ」
長野「腹心を御側衆に・・・」
考え込む長野。
直弼「伊賀守などたかが上田五万石の小大名。大老になりさえすれば何とかなるとタカをくくっておったが、あやつの力の源泉は上様との繋がりなのだ。このままでは俺はただの飾りのままあやつらに使われるままになってしまう」
長野「・・・、そうですか。せっかく幼年の御継嗣を思いのままにできるようにしたところで、今の上様がおられる以上は無意味というわけですか」
無表情の長野。
直弼「・・・」
長野「石河の出自はどこです。やはり真田ですか?それとも伊賀ではござりますまいな」
直弼「そんなことは知らん」
長野「・・・。分かりました。それはいいでしょう」
興奮冷めやらない直弼。
長野「殿、殿は稀なる運をお持ちの方。家を相続できるはずのない非嫡出子の13男が世継ぎとなり、そして藩主となり、今また大老となったのです。願いはかなうでしょう」
直弼「うむ。だがこんどばかりは・・・」
長野「・・・」
不気味に無表情の長野。
【963】第11話 A3 『一橋派』≫
○越前藩邸・内
斉昭、慶永、堀田らが集まっている。
川路も同席している
お通夜のような状況。
堀田が重たい口を開く。
堀田「我々が最も見誤っていたもの・・・、それは紀州派でも京都でも、そして伊賀守でもなく・・・、上様だったのだ」
斉昭「・・・」
慶永「・・・」
呆然としている一同。
堀田「上様が暗愚だという風聞。あれは全く作られたものだったのだ。上様は暗愚のふりをしていただけで、実に聡明、いや暗愚のふりをするほど用心深く、恐るべき方だったのだ・・・」
慶永「・・・」
たらーと冷や汗をかいている慶永。
斉昭「ま、まさか・・・、わしは子供のころから知っておるぞ。であるのに・・・、子供の頃よりしたたかであったというのか・・・」
堀田「おそらく。そして、その上様の本当の姿を知っていた重役が二人だけいた。それが死んだ阿部伊勢守と、そして松平伊賀守だった・・・」
慶永「そ、そんな・・・。阿部殿は慶喜擁立支持だったはず。だからこそ慶喜殿を水戸家から一橋家相続を認めてくれたはずなのに・・・」
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