映画ドラマ脚本
【930】第9話 A2 『葬儀』≫
○寺・外観(夜)
通夜が営まれている。
○同・内
棺の中の凛々しい阿部の顔。
お経が読まれ、大奥の大名が列座している。
困り顔の堀田・牧野ら老中陣。
悲しげな慶永や斉昭、慶勝ら家門・外様陣営。不敵な笑みさえ見せる直弼ら溜間陣営。
ボーンと鳴り響く木魚。
苦り切った表情の堀田が牧野に話しかける。
堀田「・・・。阿部殿はいくつでしたかな」
牧野「38・・・でしたな」
堀田「その若さで・・・、まさか伊勢殿が亡くなられるとは・・・。条約締結を控えたこの大変な時期に・・・」
牧野「・・・。堀田殿、申し訳ないがわしも老中を辞したいと考えておる」
堀田「なんですと!」
牧野「わしは伊勢殿とは一心同体。伊勢殿の影としてこれまで表に裏に動いてき申した。伊勢殿が亡くなった今、わしの役割も終わったかと」
堀田「で、ですが、阿部・牧野という長い間幕閣の首座・次席を担ってきたお二方が同時にいなくなられたら政を継続してはいけませぬぞ」
牧野「・・・」
少し考えたのち、
牧野「かの御仁の出番でしょうな」
堀田、牧野が見ている方を向く。
そこには忠優。
堀田「い、伊賀守・・・」
【931】第9話 A3 『老中再任』≫
○江戸城・外観
○同・謁見の間
老中の任命式が行われている。
辞令を受ける忠優。
N「同年9月13日、松平伊賀守忠優は老中に再任。老中首座・堀田備中守正睦に次ぐ次席の席次である。なお忠優は老中再任に先立ち、名を忠優から忠固と改名した。以後は松平伊賀守忠固として公儀に復帰することとなる」
将軍家定の席は空席。
列席している斉昭・斉彬・慶永・直弼らの顔。
下座に井戸、川路、水野、岩瀬の顔。
○同・御用部屋
堀田・久世・内藤が忠固を迎えている。
堀田「よう戻られた忠優殿、いや、今は忠固殿か」
久世「なぜ改名などされたのです?。『優しい』から『固い』に変わるぞ、という決意表明ですかな」
内藤「それはあるまい。今までだってちっとも優しくなかったではないか。はっはっは」
和やかな雰囲気。
忠固「阿部殿不在の期間、ご苦労でございましたな。阿部殿亡き今、さらに大きな決意を以て臨まねばなりませぬ。特に異国との交渉は」
一同「・・・」
表情が曇る一同。
忠固「?」
堀田「実は、、今はそれどころじゃござらん」
忠固「?」
久世「それはこれから分かります」
内藤「ほれ、来ましたぞ」
声「溜間の方々が参られました」
【932】第9話 A4 『乱心』≫
○下田・下田奉行公邸・外観
声「一体いつになったら江戸に行けるのか」
○同・応接間
ハリスとヒュースケンが入ってくるなりオーバーアクションで抗議している。
応対している井上と岩瀬。
ハリス「この国に来てからもうすぐ一年だ。もはや我慢の限度は超えた。今度我が国の艦隊が到着した際には武力で訴えますぞ。現在イギリスやフランス軍が清国の広州を攻撃しているように」
井上、席に着席するように促す。
席には豪華な料理が並んでいる。
井上「まぁまぁ、ハリス殿。魚をフレッシュなうちに」
ハリス「むぅ。うむ」
席に着き、上手に箸を使いこなし、刺身を食べるハリスとヒュースケン。
ハリス「この金目鯛といいうのは本当にうまいのぉ。初めは気味が悪かったが、すっかりファンになってしまった」
ヒュースケン「私は煮付けの方が好きですな。何度食べても飽きません」
井上、苦笑している。
【933】第9話 B1 『両陣営の賄賂』≫
○江戸の町
活気のある日本橋界隈。
○越前藩邸・外観
声「松平忠固様?」
○同・中根の部屋
左内が家老格の中根靱負(50)に進言している。
中根「そうだ。今度老中次席に入閣された」
左内「・・・。中根様、失礼ながら存じ上げませんがどのようなお方なのですか」
中根「阿部伊勢守殿が老中首座であった頃の老中で当時席次は四番、不祥事により安政二年に罷免されておる。上田五万石藩主にして酒井雅楽頭家出身じゃ」
左内「罷免・・・、そんな方を次席に登用したのですか。それに酒井姫路といえば・・・、では溜間勢でありますな」
中根「まぁ、そうなるな。譜代名門出を笠に着て、傲慢不遜な性格じゃ」
左内「共に新たに入閣した脇坂安宅様も井伊彦根様の手の者。堀田首座様も溜間ご出身。ということは、阿部様亡き後の幕閣は溜間勢で占められた、と考えた方がよろしいですな」
中根「うむ、まぁ、そうなるな」
【934】第9話 B2 『上府決定』≫
○玉泉寺・内
井上と岩瀬、通訳がハリス、ヒュースケン、ロシアのポシェット提督が会談している。
机に並べられた写真。
ニューヨーク、サンフランシスコ、ロンドン、香港などの写真。
岩瀬、目を輝かせて見ている。
岩瀬「これが西洋の街・・・」
井上「・・・」
さすがに驚きの色を隠せない井上。
ハリス、大きな態度でパイプをふかしながら、自慢げ。
ポシェットが写真を出す。
ポシェット「こちらがわが帝都サンクトペテルブルグです。オーケストラに興味がおありとか。わがサンクトペテルブルグオーケストラのチャイコフスキーの演奏を聞かせたいですな」
岩瀬、目を輝かせて
岩瀬「いいですな。ニューヨーク、ロンドン、サンクトペテルブルグ・・・。行きます。なんとしても行ってみせます」
ポシェット「ははは、それはどうですかな。ハリス殿の江戸上府さえ叶わぬのに」
岩瀬「・・・」
ハリス「・・・」
顔を見合わせる岩瀬、井上、ハリス、ヒュースケン。
【935】第9話 B3 『咸臨丸』≫
○品川・東禅寺参道
『安政4年(西暦1857年)8月4日』
参道に忠優と井戸、永井が歩いている。
永井「あの、あちらの方はどうなってますでしょうか」
井戸「なんだ、ハリスの登城の件か」
永井「あ、いえ、それもありますけど、あの、公方様の継承問題にございます」
井戸「・・・」
忠固は、ウキウキして耳に入っていない。
永井「ご老中は水戸の慶喜様と紀州の慶福様とどちらを御支持あそばれているのですか」
ムッとなる井戸。
井戸「そちがそのような心配をする必要はない。エゲレスが北京を攻め落とし我が国に迫ってきているという時に、そして一刻も早くアメリカと通商条約を結ばねばならぬ時に、御家騒動など笑止。そちは海軍伝習所にて寸暇を惜しんで海軍を整備する使命がある。そんなことを気に掛ける余裕などないはずだ」
永井「も、申し訳ございませぬ」
忠固「おい、見えてきたぞ」
【936】第9話 B4 『象山・松陰への使者』≫
○松代
深い山の中。
『安政4年(西暦1857年)7月』
○松代藩・佐久間邸
邸内に張り巡らされている鉄線。
ジリジリジリとベルが鳴る。
電信機の受話器を取る音。
声「うむ、通せ」
○同・応接間
象山が松代藩士を応接している。
藩士「困るではないですか。象山殿」
象山「なにがじゃ?」
藩士「その後ろの夷荻の道具じゃ」
象山の作った電話。
象山「これが何か?」
藩士「何かもこにかもないでござろう。そなたは謹慎中の身であるぞ。控えなされ」
象山「わしは謹慎しておるぞ。じゃから部屋中でやっておるではないか」
藩士「部屋の中でも同じでござる。要は反省しておるか否か。そなたは全く反省の色がないではないか」
象山「では言わせてもらうが、江戸では直にこの電信網が張り巡らされるぞ。江戸のお下がりを待っておったら何年先になることか。この象山が研究しておれば同じ時期に、いや、江戸に先駆けてこの松代で試験運用を任されることになるかもしれませぬぞ」
藩士「え?」
【937】第9話 C1 『一喝』≫
○上田藩邸・外観
○同・応接間
忠固が慶永を応接している。
忠固の脇には家老の藤井、剛介。
慶永の脇には中根と左内。
一同緊張した空気で向かい合っている。
忠固がおもむろに、頭を下げる。
忠固「頂いたご厚意を返してしまい、無礼をお許し下され」
その姿に驚く剛介、藤井、慶永、中根。
左内は冷たく観察している。
慶永、気を良くする。
中根、左内、『いけるか』という顔。
慶永「そこじゃ、単刀直入にそこのところを聞きたくて来たのじゃ。伊賀殿は実際、一橋慶喜様を支持して頂けるのかな」
忠固「・・・」
【938】第9話 C2 『斉彬、京都工作』≫
○鹿児島
噴煙を上げる桜島。
○集成館
ガラス製品が製造されている。
ガラス工芸品の紅ビードロ。
○反射炉
巨大な2基の反射炉。
鉄が作り出されている。
○浜
洋式大砲の演習が行われている。
椅子に座り様子を見ている斉彬。
書状を読んでいる。
隣には西郷。
斉彬「老中を再任された伊賀守殿が慶永殿からの袖の下を断ったらしい」
西郷「本当でごわすか。橋本左内からの連絡では五千両にものぼる黄金だったとか」
斉彬「うむ。掃部守三千両を上回る金子だと慶永殿は自信満々であったがな」
西郷「では、掃部守様の方は受け取ったと」
斉彬「それは分からんが、きっとそうであろうと言っておる」
西郷「・・・。それはどうでしょうか」
【939】第9話 C3 『直弼、京都工作』≫
○井伊邸(夜)
直弼が長野、脇坂と密談している。
直弼「なにぃ、袖の下を返してきただと」
脇坂「はい」
直弼「三千両全てか」
脇坂、困惑した顔で頷く。
直弼「ぐぬぬ。なんという無礼な。くそっ。あやつは以前に増してやりにくいわ」
脇坂「加えて、我々の後から越前慶永様が接触し、金子を送ったとの情報が。それも奴らは我らよりも多い五千両を送ったとのこと」
直弼「むぅ。で、受け取ったのか」
脇坂「そのようです」
直弼、扇子をばきっと折る。
直弼「なんたる厚顔、無節操。あれほど対立しておった水戸側から金だけは受け取ったというのか」
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