開国の父 老中・松平忠固

映画ドラマ脚本

【960】第10話 D4 『大老就任』≫

○江戸城・外観
『安政5年(西暦1858年)4月23日』

 

○同・謁見の間
上座に家定が座している。
下座には、老中陣はじめ、斉昭ら家門、大名が大挙して座っている。
口上掛「本日安政5年4月23日を以て大老就任を命ずる」
声「ははぁ」
平伏している男。

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【961】第11話 A1 『要請』≫

○上田藩邸・外観(夜)
『安政5年(西暦1858年)4月22日』

 

○上田藩邸・道場(夜)
一心不乱に剣を振る忠固。
そして、大上段から剣を振り下ろす。
かしゃりと剣を鞘に納める。
忠固「上様に会うぞ」
端で見ていた剛介。
剛介「では明日早速手配を」
忠固、何か思いついたように
忠固「・・・。その前に掃部守に会う」
剛介「はっ。それでは明日上様にお会いになる前に」
忠固「いや、今から行く」
剛介「え?、今からですか?今からではもうすでに・・・」
一点を見つめる忠固、決意の表情。

 

○井伊邸・門前(夜)
門番が遠くから大きくなってくるひずめの音を聞く。
そちらを向くと馬が3頭眼前に現れる。
門番「な、なんだ、なんだ」
さっと馬からおりる3名。
剛介「至急、掃部守様に御取次ぎ願いたい」
門番「聞いとらんぞ、こんな夜分に、無礼であるぞ、誰だ」
剛介「老中松平伊賀守忠固様にござる」
門番「こ、これは。は、ただいま」

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【962】第11話 A2 『大老の居場所』≫

○江戸城・謁見の間
上座に家定が座している。
下座に直弼。
横には、居並ぶ老中陣。
堀田は欠席している。
家定の脇には、石河がいる。
家定「掃部守、急な辞令で済まなかったな」
直弼、平伏している。
直弼「滅相も御座いません。井伊家はご公儀開闢以来大老を仰せつかる身。いつ何時でも準備はできております」
家定、ふざけたところがない。
家定「そなたの兄も大老であった。そこの伊賀はその前大老にも仕えておる。大老の仕事のなんたるか、伊賀に聞けばよい」
直弼、横目で忠固を見る。
フンという表情。
直弼「掘田備中守が不在のようですが」
久世「本日は体調不良で登城しておりません」
直弼、久世は無視で
直弼「聞くところによると上様、堀田備中守は大老に御家門の越前慶永殿を推挙したという話、本当ですかな」
家定「まことじゃ」
直弼「慶永を大老に、というのは、御継嗣を一橋慶喜にしようという魂胆が見え見え。断固そんなことは」
家定「あぁ、もう良い。何か京都でも騒ぎになったと聞いた。これはまさに徳川宗家の問題、他人が口を出すことではないわ。それに世継など初めから決まっておる」
直弼「え?、ど、どなたにです?」
家定「もしわしに子ができなんだら、紀州慶福じゃ。少なくとも慶喜になるなんてことは余が生きている限りない」
直弼「・・・」
忠固「だがこれは、あくまで内々にして頂きたい。アメリカとの条約調印が2カ月と迫っている。条約締結後に正式に上様から発表する、そういう段取りになっておる」
直弼「・・・」
家定「そういうことじゃ。条約を調印し交易がはじまったら、公儀の財布は潤うぞ。商いの中心も大坂からこの江戸になるのだ。直弼、そちも忙しくなるから前大老のようにただ座っているだけ、というわけにもいかぬぞ、あっはっは」
にこやかなる老中陣。
忠固「あと、上様御用取次に石河政平が就任した。面識はござらんと思うが、長く勘定奉行を務めた信頼できる男だ」
石河「石河政平にございまする、大老様。上様の身辺についてはこの石河にお任せください」
直弼「・・・」
居場所がないことに唖然とする直弼。

 

 

 

【963】第11話 A3 『一橋派』≫

○越前藩邸・内
斉昭、慶永、堀田らが集まっている。
川路も同席している
お通夜のような状況。
堀田が重たい口を開く。
堀田「我々が最も見誤っていたもの・・・、それは紀州派でも京都でも、そして伊賀守でもなく・・・、上様だったのだ」
斉昭「・・・」
慶永「・・・」
呆然としている一同。
堀田「上様が暗愚だという風聞。あれは全く作られたものだったのだ。上様は暗愚のふりをしていただけで、実に聡明、いや暗愚のふりをするほど用心深く、恐るべき方だったのだ・・・」
慶永「・・・」
たらーと冷や汗をかいている慶永。
斉昭「ま、まさか・・・、わしは子供のころから知っておるぞ。であるのに・・・、子供の頃よりしたたかであったというのか・・・」
堀田「おそらく。そして、その上様の本当の姿を知っていた重役が二人だけいた。それが死んだ阿部伊勢守と、そして松平伊賀守だった・・・」
慶永「そ、そんな・・・。阿部殿は慶喜擁立支持だったはず。だからこそ慶喜殿を水戸家から一橋家相続を認めてくれたはずなのに・・・」

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【964】第11話 A4 『不気味な沈黙』≫

○井伊邸・茶室・外観(夜)
声「ま、まさか上様が」

 

○同・内(夜)
直弼と長野が話している。
直弼「そうなのだ。上様は実に聡明な方であられる。あれは暗愚のようなふりをしていたのだ」
長野「なぜ暗愚のふりなど・・・」
直弼「知るか。大老になったはなったが、わしの居場所などない。政務は伊賀守をはじめ老中がおさえ、下々の官僚も従っておる。条約交渉もすでに完了しておるのだ」
長野「・・・」
直弼「しかも奴め。自分の腹心である石河政平を上様の御側衆にしおった。上様を独り占めするつもりだ」
長野「腹心を御側衆に・・・」
考え込む長野。
直弼「伊賀守などたかが上田五万石の小大名。大老になりさえすれば何とかなるとタカをくくっておったが、あやつの力の源泉は上様との繋がりなのだ。このままでは俺はただの飾りのままあやつらに使われるままになってしまう」
長野「・・・、そうですか。せっかく幼年の御継嗣を思いのままにできるようにしたところで、今の上様がおられる以上は無意味というわけですか」
無表情の長野。
直弼「・・・」
長野「石河の出自はどこです。やはり真田ですか?それとも伊賀ではござりますまいな」
直弼「そんなことは知らん」
長野「・・・。分かりました。それはいいでしょう」
興奮冷めやらない直弼。
長野「殿、殿は稀なる運をお持ちの方。家を相続できるはずのない非嫡出子の13男が世継ぎとなり、そして藩主となり、今また大老となったのです。願いはかなうでしょう」
直弼「うむ。だがこんどばかりは・・・」
長野「・・・」
不気味に無表情の長野。

 

 

 

【965】第11話 B1 『相撲観戦』≫

○浅草
下町の賑わい。

 

○浅草寺
大勢の見物客が見守る中、相撲が行われている。
幕府の侍の中に、一緒に観戦しているハリスとクルシウス。
力士の豪快なぶつかり合い。
ハリスとクルシウス『おお』などと言いながら興奮して見入っている。
クルシウス「相撲は初めてですかな、コンシェル。驚きでしょう」
ハリス「噂には聞いてましたが、私はダメですな。ぶくぶくと肥満して気色悪い。ボクシングの方がよほどスマートです」
四股を踏んでいる大関小柳。
クルシウス「ははは。御覧なさい。あれが大関コヤナギです。ボクシングヘビー級で言うところの、トム・クリップやトム・ハイヤーズのごときチャンピオンですよ」
ハリス「まさかカピタンはあの相撲レスラーの方がトム・クリップより強いというのではないでしょうね」
クルシウス「侮れないと思いますよ。実際ボクシングが日本の柔術に負けたところを見たことがあります」
あっと慌てて口をふさぐクルシウス。
がっぷり組んで、豪快な下手投げで相手をぶん投げる小柳。
ハリス「おお」
楽しんでいる二人。

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【966】第11話 B2 『商談』≫

○江戸城・庭
忠固と紀州家老、会津藩主・松平容保(22)が茶席を開いている。
家老「我が殿・慶福様がご継嗣に内定するに当たっては伊賀守様には格別のご高配を賜り・・・」
忠固「ご継嗣は上様がお決めになられた事。我は関係ござらぬ」
家老「そうは言っても井伊掃部頭様を御大老に推挙されたのは伊賀守様と聞いております。それが何よりのご尽力の・・・」
忠固、面倒くさそうに
忠固「そんなことより、交易です。交易が開始されるとなると、当然売る物を用意しなければならない。紀州藩にはぜひ物品の準備をしてもらいたく」
家老「え、は、はい。それは用意は致しますが、本当に売れるのでありましょうか」
忠固「それはやってみないと分かりませぬ。我も初めてなゆえ。しかし、清国の交易の状況など研究して予想はつきます。いけるはずです」
容保「我が会津にも声をかけて頂き、誠にありがとうございます。我が会津も物品は用意いたしますが、私は向こうの物品を手に入れたい。蒸気機関車ですか・・・、あれには本当に驚きました」
忠固「容保殿はお若いからご興味があられると思っておりました。よし」
忠固、合図を送る。
合図に従い、男が下の座に現れる。
平伏するその男は撰之助。
忠固「この者は中居屋重兵衛。この男は商人でありながら蘭学を学んでおりますので、上田・信州の物産はこの者に売買させる予定です」

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【967】第11話 B3 『密談』≫

○暗い部屋
男たちが密談している。
男A「これは・・・?」
男B「カビです」
男A「カビ?」
男B「沢手米についたカビです。沢手米、つまり海水に濡れ損じた年貢米ですが、そこから発生したカビには強い毒素が出ることがあります。その毒は数時間のうちにマヒを起こして三日位の苦悶のうちに死にます」
男A「ほう」
男B「そして、その症状は急性脚気・衝心脚気に非常に似ています。おそらく蘭方医をもってしても脚気と診断するでしょう」
男A「脚気か・・・。で、大丈夫なのであろうな」
男B「はい。このカビは元は偶然見つけたもの、それを我が里で秘伝化したもので、他には全く知られておりません」
男A「よし。奥祐筆に志賀金八郎という者がある。その者を使え。問題ない、根回しは済んでおる」
男C「かしこまりましてございまする」

 

 

 

【968】第11話 B4 『毒見』≫

○将軍の間
家定の前に食膳が並んでいる。
毒見役が食べ終わり、家定が食事を始める。
家定「!?」
何か違和感を感じる家定。
箸をおく。
家定「やめた。今日は食欲がない」
席を立つ家定。
付人「う、上様・・・」
あせる周りの者達。
家定「それと、石河を呼べ。すぐにじゃ」

 

○庭
遠くから家定の様子を見ている付人。
木に登っている家定。
下の枝で聞いている石河。
家定「い、石河・・・、毒じゃ」
石河「え?」
家定「おそらく毒をもられた」
石河「本当にござりますか。毒見の者の報告ですか?忍びからの?」
家定「余自身じゃ」
石河「う、上様自身・・・」

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【969】第11話 C1 『日米修好通商条約締結』≫

○江戸城・外観
『安政5年(西暦1858年)6月19日』

 

○同・評定の間
忠固・堀田をはじめとする老中陣、岩瀬・井上をはじめとする下級役人、上座に大老の直弼が座っている。
井上が報告している。
井上「一昨日の6月17日、ハリスがポーハタン号にて横浜沖に来航。文書にて正式に申し入れを行っています」
文書を読む直弼。
井上「昨年来エゲレス・フランス両国は清国に対し攻撃を加え、広州を占領し天津を制圧しました。そしてその結果結ばされたのがこの天津条約です」
岩瀬「賠償金はエゲレスに対し400万両、フランスに対して200万両」
ざわつく一同。
『よ、400万…』『合わせて600万両ではないか』などの声。
岩瀬「さらに、南京をはじめ計10港の開港。アヘンの輸入公認、交易における関税率の撤廃。キリスト教の布教と支那における旅行のフリー、等です」
直弼「フリーとは何か」
岩瀬「好きにしてよい、天下御免である、ということです」
直弼「・・・」
冷や汗をたらす直弼。
『10港の開港・・・』『それよりアヘンじゃ、問題は』『いや、邪教の布教が最も深刻』などの声。
井上「エゲレス・フランスはこの勢いを以て日本にやってくる、ハリスはそう言っております。オランダ・カピタンに確認したところそれは間違いないとの返事」
久世「日本にやって来る・・・。だが我が国がきゃつらを軍備で退けるは不可能。となれば唐の国と同じように・・・」
静まり返る場。
目を閉じていた忠固、目を見開き、満を持して口を開く。
忠固「もはや機は来た。今こそ条約を締結する。今ならこちらの条件で条約を締結できる、関税もかけられ利益も得られるのだ。逆に、この機を逃せば、清国のような条件、関税なき奴隷のような条約となろう」

(さらに…)

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