開国の父 老中・松平忠固

映画ドラマ脚本

【860】第4話 C4 『斉昭と直弼に報告』≫

○江戸城・老中部屋
『嘉永7年(西暦1854年)2月22日』
上座に斉昭のほか、老中の久世と内藤が座っている。
下座に林大学と井戸が座り、報告をしている。
斉昭「避難港を5、6港決めろだと」
林「はい。でなければどの港でも勝手に船をつけてよい、というようにしろ、と」
斉昭「ぐぬぬ。調子に乗り追って。対馬、貴様、次回の交渉でその夷狄を斬り捨てい」
井戸「ご無茶を申しなされば」
さらっと受け流し平伏する井戸。
斉昭「長崎でよかろう。なぜ長崎ではいかんのか」
林「長崎はきゃつらの通商航路から外れるとのこと。長崎だったら直接清国で何でも調達できる、さらにオランダのような出島に閉じ込められるような扱いは断じて受け入れない、などと言っております」
斉昭「こしゃくなこと言いおって。対馬、断固拒否しておろうな。『このたわけ、外道が』と言い放っておろうな」
井戸「はい。そのように申しておりますが、武力を背景に強情を改めませんで」
収まらない斉昭。
隣の久世、内藤に
斉昭「おい、今日は伊勢と牧野はどうした」
久世「はい。御二方は本日は休養をとっておられます」
斉昭「なにぃ、休養だと」
久世「はい。ペルリ来航から先日の交渉に至るまでひと月半、不眠不休が続いておりましたからな。贈答品の交換も済み、ようやく一息つけた、というところでしょう」
内藤「無理もありませぬな」
斉昭「うー、それではあの者らはどうした」
久世「あの者らとは」
斉昭「三番、四番の者どもじゃ」
久世「乗全様と忠優様ですか」
返事を無視する斉昭。
井戸「・・・」
井戸、わずかに見せる敵意。
久世「お二方は本日は非番です」
斉昭「非番だとー。この大事な時に。この大事な報告を聞かないつもりか、あやつらは」

(さらに…)

【861】第4話 D1 『交易の決断』≫

○神奈川宿・高台
眼下に停泊している9隻の軍艦。
それを見下ろしている阿部と忠優。
脇に牧野と乗全。
岩瀬と江川が説明役をしている。
阿部「あれが黒船か」
岩瀬「右手が横浜の応接所、艦隊の奥に見えるのが上総の鹿野山になります」
牧野「なんという大きさ・・・、まるで島ではないか」
乗全「大筒が何十と積んである、言うなれば動く城ですな」
岩瀬「はい。あのような艦隊配置を組んでありますのは、おそらく応接所は言うに及ばず、湾の端から端まできゃつらの大砲の射程距離内に置いているのかと」
阿部「となるとそれは」
忠優「湾全体が制圧下に置かれている。すなわちいつでも火の海にできる、ということですな」
一同「・・・」
忠優「現時点では先手を取られたのは覆しようがない。可能な限りメリケンの要求を受け入れざるをえん。だがしかし、阿部殿、物は考えようぞ。向こうから強いられて交易をさせられると考えるから気分が悪くなる。あの黒船やきゃつらの技術を手に入れるために交易するのだと考えれば、こちらの術中にはめたと考えられるではないか」
阿部「・・・」
考え込む阿部。
牧野「きゃつらの要求である薪水・食料・石炭の提供は問題なかろう。しかし、交易は絶対に無理だ。そもそも我が国の何を売るのだ、売るものなどないし、売りに出せる物品の余りなどない。今でさえ飢饉の度に物品が不足し困窮するではないか」
忠優「飢饉を防ぐためにこそ交易するのです」
阿部「!」
牧野・乗全「!」
忠優「飢饉となる度に食うに困る。先だっての大飢饉でもそうだった。我が領地も悲惨極まりない状況であった。だがしかし、例を挙げれば我が領地・上田などは元から米は豊かに取れんが、代わりに生糸や紬がある。それを売ることができれば食料を買うことができる。飢饉を乗り切ることができるのだ」
阿部・牧野「・・・」
乗全はいつも聞いているので、うんうん頷いている。
牧野「し、しかし、倹約・質素を美徳とする我が国は交易そのものを推奨しておらぬし、異国となると物品の価値も価格も違う、やはりとても現実的とは思えぬが」
忠優「もちろん今すぐにということではなく、5年間の試験期間を置く、ということでいいのではなかろうか。そのようにすればこちらも準備ができるし、きゃつらも要求が拒絶されなかったと満足できる」
阿部「・・・」
考えあぐねる阿部。
阿部の様子を伺う牧野。
阿部、遠くの黒船を見ながら
阿部「交易を条約に盛り込むことは断じてできぬ」
射抜くように鋭い視線で阿部を見つめる忠優。

(さらに…)

【862】第4話 D2 『日米和親条約、締結』≫

○ポーハタン・会議室(夜)
ペリー、アダムス、コンティなど幹部が集まり、協議をしている。
アダムスの報告をペリーが足を組みながら聞いている。
コンティ「第一条、アメリカ合衆国と日本帝国の間には、完全なる平和と和親が存するものとする。第二条、下田港と函館港はアメリカ船舶を受け入れ、薪水・食料・石炭・その他必要な物資の供給を受ける。支払いは金銀をもって行う」
アダムス「通商という文言はないですが、どのようにいたしますか、提督」
ペリー「うむ。物資の供給とそれに伴う支払ということは交易であることに相違はない。通商条約は後任の者に任せるとして、今回はこれで充分だと判断する」
アダムス「了解」
コンティ「第三条、合衆国の船舶が座礁・難破した場合、日本はこれを救助する。第四条、遭難民は監禁されてはならないが公正な法律には従う」
アダムス「公正な法律には従うという文言はいかがでしょう」
ペリー「気にはなるな。我々が言っているのはあくまで正義なる法には従うという意味だが・・・」
アダムス「そこも気になりますが、問題はその次、第五条、下田と函館に一時居留する合衆国民は一定範囲内は自由に赴くことができる、という部分でしょうな。これは今もって彼らは反対するでしょう」
ペリー「そうだな」
ペイプをくゆらすペリー。

(さらに…)

【863】第4話 D3 『江戸、香港、横浜、そして』≫

○江戸湾内(夕)

 

○ポーハタン・提督室
ペリーが夕日に照らされる江戸湾越しの富士山を見ている。
ペリーの声「もし私が最初に取った立場から少しでも後退すれば、日本人は優位に立ったと思うに違いありません。また、私の既定の意図を一度でも変えさせることができると知れば、彼らは交渉中のいかなる事例においても、粘り強く揺さぶれば私を説き伏せられると思うでしょう。それゆえ、何があろうと意志を貫き、私が柔軟な性格の持ち主だと思われるよりは、むしろ理不尽な頑固者という評価を確立するのが得策だと考えました。結果を見れば、私の結論が正しかったことが明らかになるでしょう」
パイプをくゆらすペリー。
ペリーの声「日本の役人と会う時は相手がいかに高位の人物でも、かなりの身分の高い日本人がその前ではかしこまって跪く高官に対しても、常に対等の立場をとりました。また、私自身の地位に重みを加えるため、今日まで故意に宮廷のいかなる属官とも会うことを避け、私が帝国の諸侯以外には誰とも言葉を交えないことを知らせました」

 

○香港・アメリカ弁務官事務所(夕)
窓の外に美しい香港の景色が広がる。
ペリーの声「この極端な外交策を維持することで予想以上の成果をおさめ、多大の利益を得たものと信じています」
事務所内にいるマーシャル、報告書を読んでいる。
マーシャル「・・・」
報告書を机に投げ捨てる。

(さらに…)

【864】第4話 D4 『ポーハタンの宴』≫

○ポーハタン・外観(夜)

 

○同・甲板
祝宴が開かれている。
いろいろな旗で飾り付けられている。
テーブルには牛肉・羊肉・鶏肉など肉料理や野菜、ワインやシャンパンが並んでいる。
軍楽隊を演奏している。
曲は、フォスター『草競馬』。
宴もたけなわで、高官たちも甲板に出て音楽や水兵達のショーを楽しんでいる。
皆が楽しんでいる様子を眺めているペリー。
遠くで誰かと話している井戸を発見する。
井戸がその相手に対し頭を下げているのを見て怪訝な表情をする。
隣にいる林大学頭に尋ねる。
ペリー「プリンスオブダイガク、あそこでナンバー2と話しているのは誰です?」
通訳の森山から話を聞く林。
林「ナンバー2?ああ、井戸ですな。井戸と話している男は・・・」
とその相手を見てビックリする。
その相手は地味な地味な格好をしているがまさしく忠優。
当然忠優が出席するなど聞いていないので驚きを隠せない。
林「・・・」
ペリー「・・・」
その不自然な驚きも見逃さない。
林「あれは・・・、ただの下人でございます」
ペリー「下人?そうは見えないが。なぜならプリンスオブ対馬の彼がああして頭を下げているではないか」
忠優に対して頭を下げている井戸。
林「・・・」

(さらに…)

【865】第5話 A1 『うつけ将軍』≫

○横浜沖
雪の降るなか、停泊する米国艦隊。

 

○江戸城・外観
つぼみの桜に雪が積もっている。

 

○同・将軍謁見の間
簾のかかる上座には人はいない。
老中達が将軍の登場を待っている。
乗全「上様は今更ながらメリケン国との条約締結に反対されたりしないだろうか」
牧野「政にはご興味ないので問題ない…、ですな、伊勢殿」
わずかに口ごもる阿部。
『失礼します』と本郷が入ってくる。
本郷「申し上げにくい事ですが」
牧野「どうした」
本郷「上様はお出ましにはなられず」
乗全「また御体調が優れぬのか」
本郷「いえ、お元気でいらっしゃいますが、ただ…、他に用事ができたと」
牧野「メリケン国との和親条約締結の報告ぞ。それより大事な用事…、とは?」
本郷「どうしても今日ということなら、ご案内仕りますが」
顔を見合わせる一同。
牧野「どうしますか、日を改めますか」
阿部「いや、報告は早くせねばならない」
本郷「では、こちらへ」

 

○同・庭
雪の中を奥の方へ歩いていく一行。
牧野「これは…」
庭の中央に真紅の敷物と艶やかな傘が広げられ、雪見の席が設けられている。
言葉を失う老中陣。
女中と雪見をしている徳川家定(30)。
家定「綺麗であるぞ。お主らも参れ」
無邪気に楽しんでいる家定。
老中達が座ると同時に引き上げる女中。
牧野「上様、これはいったい」
家定「分からぬか、雪見じゃ」
牧野「そうではなく、本日はそんな事より重要なご報告の儀があり…」
気難しい顔の牧野を制する阿部。
阿部「雪が美しく映えておりますな、上様」
家定「であろう。桜がもうすぐ開花しようかと思うたらまさか花見が雪見になろうとはのぉ。そなたらも一献いかぬか」
徳利を振る舞う家定。
牧野「上様から直々にお酌頂く等、いえ、でなく酒など飲んでる訳にはいかぬ大事な…」
またもや制する阿部。
阿部「恐れながら頂きまする」
家定「そうか、そうか」
杯を捧げる阿部に徳利を注ぐ家定。
家定「そちはどうだ」
にっこりしている家定。
忠優「…、頂きます」
杯を受ける忠優。
続いて牧野、乗全も酒を受ける。
全員、杯を掲げた状態のまま
家定「あ、そうそう、重要な報告であったな。余も分かっておったぞ。であるので、大事な公務中に酒など飲んではいけないと思い、実は別のものにしておいた」
一同、訳が分からないという表情。
阿部「別のものとは」
家定、にっこりして
家定「なに、絶対飲まないように、毒を入れておいた!」
あっけらかんと話す家定。

(さらに…)

【866】第5話 A2 『別れ』≫

○横浜・松代藩陣屋
象山と家老が話している。
象山「下田に決まってしまっただと」
家老「入ってきた話によるとそのようになったらしい」
象山「うう、口惜しいぞ。このままでは黒船の技術などは全て江川に独占され門外不出となってしまう。ワシならばそのようなことはせん。革新的思考の持ち主のワシであれば広くその知識を広め、日本国全体にそれを行き渡させるのに」
ぐぐぐーとこぶしを握る象山。
そこへ使いの藩士Aが入ってくる。
藩士A「軍議役殿、客人が来ておる」
象山・家老「ん?」
通されたのは松陰。
松陰「先生」
象山「寅か」
松陰「先生、御無沙汰して申し訳ございません。たまたま神奈川宿に参りましたところ先生が横浜警護をあたられていると聞き、ご挨拶に参上した次第で」
周りの者が若干疑わしい目で見ている。
象山「そうか。わざわざすまぬな。お主は息災か」
松陰「はい」
象山「で、長崎はどうであったのだ」
長崎という言葉を聞いて、周りの藩士が聞き耳を立てる。
その様子を察する松陰。
松陰「実はわずかな差で客人とは会えずじまいで、あえなく帰参した次第で」
象山「そうであったか。それは残念だったのう」
松陰「ですが、今度こそ絶対に大丈夫です。つきましては、ちょっと書状の漢文を添削して頂きたく、ご教授頂けませんでしょうか」
象山「うむ、わしは忙しい故どれ、よこせ。今ここで見てやる」
そのやり取りは芝居がかっている。
松陰から紙を受けとる象山。
象山の受け取った漢文。
松陰の声「私は日本国江戸府の書生です。私は東西五百里・南北三百余里のこの国を離れることができません。貴国にあっては蒸気船などによって全地球をわずかの日数で周回するという話を聞きまして、足の悪い者が足の達者な者をうらやむ以上にうらやましく思ったことでした。何卒、貴国に連れて行って下さるなら、誠にかたじけないことであります。ただし、我が国の人間が外国に渡航することは厳禁とされていますので、このことが発覚すれば斬刑に処せられましょう。それゆえ極秘にして下さい」
象山「・・・」
さすがの象山も冷汗を垂らす。
象山「しょうのないやつだな」
すらすらと筆を進め、書き終わった書を松陰に渡す。
受け取る松陰、象山を見つめる。
象山も松陰の目をしっかりと見つめる。

 

 

 

【867】第5話 A3 『島津斉彬、江戸到着』≫

○水戸藩邸・庭園
見事な桜が満開。
花見をしている斉昭、慶永、宗城。
斉彬が3人に挨拶している。
斉彬「斉彬、ただいま江戸に戻りましてございます」
慶永「斉彬殿、待ちかねましたぞ」
宗城「何とも惜しい、間に合いませなんでしたな。薩摩候到着のわずか3日前ですぞ。メリケンとの条約が締結されたのは」
険しい顔をした斉昭が口を開ける。
斉昭「老中どもが勝手に突っ走りおった。わしの力で薪水給与令の延長という形で抑え込んだが、あやつらに任せておったら夷狄に呑み込まれるわ。如何にする、薩摩」
余裕の表情の斉彬。
斉彬「戦を回避した幕閣の手腕は褒められるべきでありましょう。もちろん御老公が歯止めを聞かせて頂いているからこその所業に他なりませぬが」
慶永「軍艦建造の進捗はいかがです?我らの発言力拡大の戦略の詳細も伺いたい。もう話すことは山ほどありますな」
宗城「大砲の事、反射炉のこと、琉球の状況、たしかに早く伺いたいですな」
斉彬、笑いながら
斉彬「ははは、斉彬、江戸に戻ってきたので焦らずとも時間はありましょう。火急に致したき儀は二つ。メリケンの艦隊を見ること。そして、阿部伊勢守殿に早く面談することです」
自信に満ちた斉彬。

 

 

 

【868】第5話 A4 『密書』≫

○江戸城・溜間
上座に直弼、下座に本郷が座り、話を聞いている。
直弼「本郷、いつ上様にお会いできるのだ。上様ご就任以来お会いしたことがない故、ご挨拶を致したいのだ」
本郷、平伏する。
本郷「申し訳ございませぬ。なかなか上様もご体調がすぐれぬ上、人にお会いになるのを好まぬお方ゆえ」
直弼「うーむ。人にお会いにならないとは、老中どもはどうなのだ。伊勢や伊賀はお会いしているのか」
眼光鋭くなる本郷。
本郷「阿部様以外はおそらくまだ2度しかお会いしておらないはず。阿部殿は立場上ご報告があるので数度お会いなされています」
直弼、扇子をばしばし腿に叩く。
直弼「どうしてもお会いしてお話しする儀があるのだが、仕方がない。書状をしたためたので上様にお届け願いたい」
書状を小姓に差し出させる。
別の小姓が木箱を差し出す。
直弼「付け届けじゃ」
本郷「・・・」
少し躊躇するが、無表情に平伏する本郷。
直弼「うむ。頼んだぞ、本郷」

 

○江戸城・外観
月に照らされる江戸城。

 

○江戸城・御側衆控室(夜)
行燈の明かりで書類を整理している。
直弼から預かった書状。
開いて中身を確認する。
本郷「!」
驚く本郷、冷汗が出る。
書状を閉じ、考え込む本郷。

 

 

 

【869】第5話 B1 『陰謀』≫

○老中部屋
阿部、牧野が膨大な書類をチェックしている。
牧野、その中から一通の書状に目が留まる。
牧野「ん?、これは」
本郷が直弼から受け取った書状。
牧野「間違ってござるぞ。上様への書状が阿部殿宛に来ている」
阿部、牧野の言葉に反応する。
阿部「間違えた?本郷が?」
牧野からその書状を受け取る阿部。
書状の裏を見ると『井伊掃部頭』の文字。
阿部「井伊掃部頭・・・」
書状をあけ確認する阿部。
阿部「!」
その内容に驚愕する。
牧野「本郷がそのような簡単な間違いをするとは珍しいな」
と、阿部が表情が険しくなっているのに気づき、
牧野「伊勢殿、いかがされた。その書状はいかなる内容ですかな」
阿部、平静を装い、
阿部「いえ、大したことではありませぬ。ところで本日は忠優殿はいかがされておりまする?」
牧野「伊賀殿は先ほど掃部頭殿に呼ばれたとかで大森の陣中に行っておりまする」
阿部「掃部頭のところへ・・・」
阿部、一抹の不安がよぎる。

 

 

 

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